rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

10月25日  金正恩平安南道陽徳郡の温泉観光地区建設場を現地指

 

 一昨日報じられた金正恩金剛山観光地区現地指導に続き、今日は、完成間近とされる標記建設現場への現地指導が報じられた。

 同地区は、金正恩がこのところ最も力を注いでいる建設対象の一つであり、金正恩を出迎えたのが「人民武力省副相・陸軍中将の金正光(音訳)をはじめとする建設指揮部責任幹部」であることからも、軍が主体となって建設が進められていることがうかがえる。

 金正恩は、その出来栄えに大変ご満悦であった様子で、「金剛山観光地区とは本当に対照的であると、適当に建物を建てて利潤追求をした資本主義企業の建築と勤労人民大衆の要求と志向を具現した建築の本質的差異を総合的に直感的に見せてくれている」と述べたとされる。

 金正恩は、かねて建築への強い「こだわり」を示しており、以前にも新築中の空港ターミナルビルの意匠に民族性が欠けているとして大改造を命じたことがあった。今回も「建築物一つにも、時代の思想が反映され、人民の尊厳の高さ、文明水準が反映されるだけに建設は重要な思想事業」であると強調している。

 そのような文脈からすると、金剛山での韓国側施設の撤去指示は、まさに北朝鮮の民族的正統性、「尊厳の高さ」を発揚しようとの狙いに基づくものと言えよう。蛇足ながら、これは、韓国国内で「日帝残滓」を根こそぎ撤去しようとの動きとも通底する発想ではないかとも感じられる。

 なお、金剛山での韓国側施設の撤去に関しては、本日、北朝鮮から韓国側に協議の申し入れがあったそうだが、その対韓政策上の狙いは、一言で言えば、韓国文政権の政策が内包する「矛盾」を突くことにあると考える。今、韓国は、北朝鮮に対しては、「交流・協力」の深化を呼びかける一方、対米関係などへの配慮から国連の対北朝鮮制裁は遵守するとしている。そのような中で韓国が金剛山観光施設の北朝鮮による一方的撤去に反対するのであれば、その維持・保全なり共同での再開発なりを提案せざるを得ないことになるが、では、制裁遵守を唱えながら本当にそれが実行できるのですか、ということにならざるを得ないからである。つい先日、北朝鮮との経済共同体構築を通じた自国経済の活性化を提唱した文大統領が政策的な整合性を保とうとするなら、この問いかけは非常な難問となるのではないだろうか。

 ただ、そのように文政権を揺さぶったからと言って、直ちに同政権が国連制裁から離脱するとも思えず、北朝鮮が具体的に韓国に何を期待しているのか、やや判然としないところがある。

 したがって、自説に固執するようだが、金正恩の「金剛山現地指導」の主たる狙いは、やはり、国内に向けて「韓国何するものぞ」との気概を示し北朝鮮の「尊厳」を強調することによって、「自力更生」への奮起を呼びかけることにあったと考えられるのである。ちなみに、彼は、温泉観光地区での指導においても、上述のとおり概して「満足」の意を表したなかで、浴場に配された南洋植物については民族性のあるものに代えるよう指示したとされ、民族的な「尊厳」への強いこだわりがうかがえる。

 ところで、金正恩は、これら熱心に開発している観光地の客として何国人を想定しているのか。これは、私が尊敬するある北朝鮮研究家から最近寄せられた質問である。実は、それは私自身もかねて疑問に思っていたところであり、現時点で、特定の国を挙げて答えることはできない。ただ、金正恩は、国外(韓国も含め)からの相当数の観光客誘致が可能と思うからこそ、各地であれだけ大々的な観光開発を進めているのであろう。ということは、やや長期的な視点で言えば、彼は、北朝鮮にとっての国際環境について概ね楽観的な見方をしているということになる(いつ戦争がはじまるか分からない国に観光に行く人は多くはないであろうから)。換言すれば、対米関係(非核化交渉)においても、短期的・駆け引き的な活動は別として、再度、長期的な緊張を招来するような道を進むことは考えていないということになるのではないだろうか。

 いずれにせよ、最近の各種動向が北朝鮮において「観光」の持つ重要性が高まりつつあることを示していることは間違いないであろう。そのような情勢を見越してのことか、関連の経緯などを理解する上で格好の好著(下記)が最近刊行されているので、既にご存知の方も多いと思うが、紹介しておきたい。

 

北朝鮮と観光

北朝鮮と観光