rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

8月8日 政務局会議と玄松月の影

 

 去る8月5日に開催と報じられた党中央委第5期第4回政務局会議(6日報道、同日付け本ブログでも紹介)の様子について、「我が民族同士」ホームページを通じてニュース映像を見たので、そこから新たに判明した二点を紹介したい。

 一つ目は、会議の開催時刻である。金正恩の後ろに置き時計があり、その盤面は、会議冒頭に近いと思われる場面では零時15分を指している。その後、何回か金正恩の姿と共にその時計が映し出されるが、時刻は徐々に進んでおり、参観者が一斉に立ち上がる終了場面では1時40分過ぎを指している。また、ニュースの冒頭と最後は、夜間の党本部庁舎が写されている。ここから推測すると、この時計に特段の操作をしていないとするなら、同政務局会議が開催されたのは、5日の午前零時15分ころから同1時40分過ぎまで概ね1時間半程度であったと推測できる。金正恩も父親・金正日譲りの「夜型」人間なのであろうか。あるいは、敢えて「夜間」の映像を入れることによって、指導部が深夜まで執務に勤しんでいることをアピールしたのかもしれない。

 いずれにせよ所要時間から勘案すると、同会議での審議が決して形式的になされたものではなく、それなりに突っ込んだ議論がなされたことがうかがわれる。ただし、この間、映像で見る限りは、ほとんど金正恩が話している姿が映されており(他の出席者は、それを熱心にメモ)、それ以外の人物の発言風景は、最後近くに、趙勇元組織指導部第一副部長が立ち上がって(この時、李萬建・前組織指導部長も起立している)、手ぶりを交えて何かを説明し、そこに金正恩が口をはさんでいる場面だけである。「議論」とは言っても、「賛否両論」とかではなく、金正恩が一方的に持論をまくしたてたのかもしれない。

 二点目は、会議が始まる以前の出席者が会議室に入室・着席する場面で、一瞬だが、ある出席者に「こちらにどうぞ」と言わんばかりに座席を案内する何者かの左腕から先の部分が写っていることである。この腕は、黒っぽい生地に一本の筋が入った七分袖のような着衣で、手首には数珠(ブレスレット?)のようなものを巻いており、女性のものではないかと推測できる。

 では、これは誰か。推測であるが、玄松月(党宣伝扇動部副部長)ではないかと思う。その最大の根拠は、先月27日開催の「老兵大会」の開会に際して、同女が金正恩の近くに侍して、同人の椅子を引いたり他の出席者に席を案内したりするような動きをしていたこと、そして、その際の服装(黒っぽい生地に一本筋の入った七分袖)が前述の「腕」の着衣と似ていることである。また、この時も左腕手首に何かを巻いているようにみえる。ちなみに、この際、彼女は、スピーカー付きのヘッドセットも着用しており、会場の整理ないし進行を仕切っていたとも考えられる。

 また、彼女は、7月26日に行われたとされる軍指揮官らに対する拳銃授与式の際にも、出席者が居並び敬礼する中、会場に入る金正恩の後ろ(総参謀長ら軍人3人に続く4人目)に付き従って入場し、その後、会場内で出席者に動線を案内したり、退場する金正恩を出口に誘導などの行動をしていたが、その際も、老兵大会の時と似たような服装をしていた。なお、この時の労働新聞の報道には、その名前も姿も報じられなかった。

 以上のような点から、このところ(いつからかは特定できないが)、玄松月が、こういった会議・行事などの仕切り役(ないし金正恩側用人?)を担当していることがうかがわれる(ただし、以前にも、例えば金正恩のロシア訪問に同行した際などに、一時的にそういった役割を果たしていたようにもみえる。いずれにせよ、彼女は、かねて金正恩に同行する機会が少なくなく、かねての「お気に入り」であったことは間違いない)。

 これに関連して言及しておきたいのが、先に本ブログで紹介した脱北者・金興光氏が自身のユーチューブ番組の中で、「内部消息筋からの未確認情報」として、金正恩玄松月を自分の「1号宅」と公言した、という話を伝えていることである。同氏によると、北朝鮮で「宅」とは、家という意味だけでなく、偉い人の「妻」を婉曲に指す意味もあり、例えば「副部長宅」というのは「副部長の妻」という意味であるという。そして、ここで「1号宅」というのは、職場すなわち公務における「妻」の役割を果たす人物という意味であり、金正恩がこのたび、そういう意味で玄松月が「自分の1号宅である」ことを公言したというのである。それを受けて、同女の威勢は強力になり、金与正もしのぐほど、というのが同氏の伝える情報である。

 前述のような事実関係からして、玄松月がいわば金正恩の「側用人」的な地位にある(それが日常的なものなのか、何らかの行事等の際に限定されたものかは定かでないが)可能性は高いと考えられる。しかし、そのことが果たして、金興光氏の「情報」が伝えるような意味での、同女の政治的影響力の強化を意味するかは別の問題であろう。独裁体制の下では、独裁者との距離が権力の源泉であり影響力を決定する最大の要素になると言えば、そのとおりかもしれないが、やはり、それだけを捉えて、直ぐに「第2人者」とかと称するのは、行き過ぎであろう。

 とりわけ、金与正との関係について言うならば、仮に、玄松月がある意味での「側用人」的な役割を与えられたとしても、それは、従前それと類似の役割を果たしていた金与正との力の逆転を意味するというよりは、むしろ、金与正をそれよりも一等上の、より重みのある地位に就けるための後任人事とみることも可能であるし、蓋然性も、そちらの方が高いと考える。

 金正恩との距離感という意味でも、金与正のそれが玄松月のそれよりも劣るものではないことは、例えば、前述「老兵大会」においては、金与正は正規の出席者として、本来の公式序列よりも上位に着席した(7月28日付け本ブログ参照)だけでなく、大会終了後の退出時に、先に席を離れた金正恩の席上から同人が用いた演説原稿と見られる書類を自ら回収していること、「拳銃授与式」においては、金正恩に直接、授与用の拳銃の入った箱を手渡す役を務めていること(ちなみに、台から金与正に渡す役は趙勇元第1副部長)、などからもうかがえるところである。これらの両人の動きからは、両人の関係は、競争的なものというよりも、むしろ補完的なもののように感じられる。

 ただ、いずれにせよ、二人の動向ないし関係については、今後、更なる注視そして慎重な検討が必要であろう。「女の戦い」というような興味本位の分析は、面白いが危ういものと言わざるをえない。