rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

2021年5月31日 米韓首脳会談での「ミサイル指針終了」発表を非難の論評

 

 本日、朝鮮中央通信が先の米韓首脳会談において発表された韓国によるミサイル開発を規制する「指針」(ガイドライン)の終了を非難する論評(「ミサイル指針終了の狙いは何か」)を掲載した。

 これは、米韓首脳会談において北朝鮮に対する米国の「対話姿勢」が示された後、初めて示された北朝鮮の反応と言える。しかし、一言で言って、それは「公式的反応」と言いうるかさえ定かでない、極めて抑制的なものにとどめられている。

 そのように見る根拠は、まず、この論評が北朝鮮党・政府や機関あるいは朝鮮中央通信社によるものではなく、「国際関係評論家・金明哲(音訳)」という個人の名義とされていることである。

 また、その公表の仕方が、これまでのところ、同通信社の英語版にのみ掲載されており、朝鮮語版には掲載されていないことである。いわんや「労働新聞」にも未掲載である。

 更に重要な点は、非難の焦点がバイデン政権の対北朝鮮政策そのものではなく、ミサイル指針の終了に向けられていることである。同指針では、既に北朝鮮のほぼ全域を収めうる800キロメートルの射程が許容されていたのであり、その枠をなくしたことによって、北朝鮮に対する脅威がさほど高まるとは考えにくい。

 一方、同論評は、北朝鮮として最も懸念していたであろうバイデン政権が策定した対北朝鮮政策に対しては、「多くの国が・・まさにごまかし(just trickery)と見ている」として、自らの認識を示すことを留保しているのである。そして、米国に対する「強には強、善には善」という従前からの原則を依然として繰り返している。

 こうした諸点に鑑みると、この論評は、いまだ北朝鮮がバイデン政権の対北朝鮮政策(交渉呼びかけ)に対しては、もちろん相当の警戒心・猜疑心を抱きつつも、なお、最終的な判断(特に、拒絶の意思表示)を留保していることを示すものといえよう。

 では、この時点でこの論評を出した狙いは何か。考えすぎかもしれないが、中国に対するリップサービスの側面があるのではないか。前述のとおりミサイル指針の終了すなわち韓国のミサイル射程延伸は、北朝鮮にとっては影響が小さいと思われるが、「周辺の国々」すなわち中国にとっては(本当は日本にとってもと思うが、その問題はここでは論じない)、大いなる脅威を生む潜在的可能性をはらむものであろう。論評は、そのことに明示的に言及している。更に、論評は、米国がミサイル指針終了の対価として、「DPRKの周辺の国々を標的とした中距離ミサイル」の(韓国への)配備を実現しようとしているとの見方も示している。これも明らかに中国に代わっての主張といえよう。

 このほか、韓国の首班(the chief executive。もちろん文大統領を意味する)に対する「地域の国々の射角に身をさらした」という非難や訪米中の行動結果について右顧左眄しているという揶揄も、北朝鮮というよりは、中国との関係を念頭に置いたものといえよう。

 文大統領については、対北朝鮮政策の面では、バイデン政権への働きかけにおいて最大限がんばったことを理解しているので、かつての保守政権に対して常套的に用いていた「自大・民族対決姿勢」といった非難表現は使えず、だからといって「よくやった」とは言えないので、苦肉の策でこうした論難を展開しているのかもしれない。

 いずれにせよ、北朝鮮は、バイデン政権に対しどのように対応するのか、もうしばらく注視ないし熟慮(あるいは小田原評定なのかもしれないが)の必要があるのであろう。

 個人的な感想を言えば、バイデン政権が本当に交渉実現を望むのであれば(それが賢明かは別として)、「ボールは北朝鮮にある」とかの上から目線の言い方をやめて、もう少し具体的な「善意」を示す必要があるのではないか。現状では、互いに見合ったまま動きが取れず、結局、双方ともに意図せざる「戦略的忍耐」路線を選択する結果になる公算が大きいように思われる。