2026年7月29日 「祖国解放戦争」とは、何だったのか(補筆版)
7月27日は、朝鮮戦争停戦協定が1953年の同日に締結された記念日である。北朝鮮は、かねて同戦争を「祖国解放戦争」と称し、同日を「戦勝節」(祝日)に定め、毎年、各種の記念行事等を実施してきた。今年の主な関連行事は、次のとおりである(これ以外に、大衆団体主催の参戦軍人との対面集会(話を聞く会)などを各地で多数開催)
7月26日実施
・ 金正恩が大城山革命烈士陵、祖国解放戦争参戦烈士墓、中国人民志願軍烈士陵園をそれぞれ訪問、献花等(党・政府・軍幹部動向、前2者には李雪柱夫人・娘も同行)
7月27日実施
・ 戦勝73周年慶祝祖国解放戦争時期象徴縦隊の記念行進儀式(金正恩出席、努光鉄国防相演説)
・ 祖国解放戦争勝利73周年記念公演(金正恩出席、李雪柱夫人・娘も同行)
・ 祖国解放戦争勝利73周年慶祝宴会(人民文化宮殿、玉流館 朴泰成総理ら出席・祝辞)
・ 「労働新聞」社説「偉大な党の領導にしたがって戦勝国の名声を限りなく輝かしていこう」掲載
7月28日実施
・ 金正恩、機縁行事参加の戦争老兵・戦時功労者と会い記念写真撮影
・ 戦勝世代の精神を受け継ぐための青年前衛の決意集会(祖国解放戦争参戦烈士墓前。朱昌日秘書、金秀吉平壌市責任秘書、戦争老兵ら出席、白恩哲青年同盟委員長報告。その後、「継承の行進」実施)
これら行事は、外形的には恒例の行事を踏襲する形で行われているが、そこで示された「祖国解放戦争」の位置づけには微妙な変化をうかがうことができる。具体的に言うと、祖国を「守護」「防衛」したことが強調されているのである。
端的な例を挙げると、「労働新聞」の上掲社説は、「祖国解放戦争は、創建されたばかりの我が国家と人民の運命と未来を守るための峻厳な祖国防衛戦」と主張している。また、金正恩の祖国解放戦争参戦烈士墓訪問については、「祖国防衛の第一ページを荘厳に記した烈士たちの永生を祈願」したと報じている。祖国解放戦争勝利73周年記念公演の報道にも「1950年代の祖国防衛者」であるとか、「共和国の初の守護者が血を流して守ったわれわれの思想と制度、勝利の貴い伝統」などの表現が用いられている。また、青年前衛の決意集会に関する報道中にも「共和国の主権と領土を誇らしく守護した戦勝世代」との表現があり、「1950年代の祖国守護精神、革命保衛精神をしっかりと引き継いでいこう!」などのスローガンが叫ばれたとされる。
一方、一連の報道文中で同戦争が南半部の「解放」や「祖国統一」を志向したことを意味する表現は(「祖国解放戦争」という名称を除くと)皆無といえる。
同戦争に関するこうした位置づけは、いうまでもなく、最近のいわゆる「2国家論」に基づき、「祖国」の意味が朝鮮半島全体を指すものから軍事分界線以北を指すものへと変遷し、「統一」概念が放棄されたことを反映したものであり、それとの整合性を保つための必須の変容と考えられる。
要するに、北朝鮮の今日の言説においては、同戦争は、事実上、「祖国守護戦争」と位置付けられていると言って過言ではあるまい。戦争目的が全国土の統一(南半部の解放)ではなく、北半部(現在の「祖国」)の「防衛」であったことにすれば、戦争に「勝利」したとの主張も無理なものではなくなる。
ただ、そうすると、ソウル更には洛東江まで進軍したのは何のためだったのかということになるが、そうした(KYな)疑問を敢えて提起する人はいないのであろう。