rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

2026年7月28日 「祖国解放戦争」とは、何だったのか

 

 7月27日は、朝鮮戦争停戦協定が1953年の同日に締結された記念日である。北朝鮮は、かねて同戦争を「祖国解放戦争」と称し、同日を「戦勝節」(祝日)に定め、毎年、各種の記念行事等を実施してきた。今年の主な関連行事は、次のとおりである(これ以外に、大衆団体主催の参戦軍人の話を聞く集会などを各地で多数開催)

7月26日実施

・ 金正恩が大城山革命烈士陵、祖国解放戦争参戦烈士墓、中国人民志願軍烈士陵園をそれぞれ訪問、献花等(党・政府・軍幹部動向、前2者には李雪柱夫人・娘も同行)

7月27日実施

・ 戦勝73周年慶祝祖国解放戦争時期象徴縦隊の記念行進儀式(金正恩出席、努光鉄国防相演説)

・ 祖国解放戦争勝利73周年記念公演(金正恩出席、李雪柱夫人・娘も同行)

・ 「労働新聞」社説「偉大な党の領導にしたがって戦勝国の名声を限りなく輝かしていこう」掲載

 これら行事は、外形的には恒例の行事を踏襲する形で行われているが、そこで示された「祖国解放戦争」の位置づけには微妙な変化をうかがうことができる。具体的に言うと、祖国を「守護」「防衛」したことが強調されているのである。

 端的な例を挙げると、「労働新聞」の上掲社説は、「祖国解放戦争は、創建されたばかりの我が国家と人民の運命と未来を守るための峻厳な祖国防衛戦」と主張している。また、金正恩の祖国解放戦争参戦烈士墓訪問については、「祖国防衛の第一ページを荘厳に記した烈士たちの永生を祈願」したと報じている。祖国解放戦争勝利73周年記念公演の報道にも「1950年代の祖国防衛者」であるとか、「共和国の初の守護者が血を流して守ったわれわれの思想と制度、勝利の貴い伝統」などの表現が用いられている。一方、一連の報道文中で南半部の「解放」や「祖国統一」を志向したことを意味する表現は皆無である。

 同戦争に関するこうした位置づけは、いうまでもなく、最近のいわゆる「2国家論」に基づき、「祖国」の意味が朝鮮半島全体を指すものから軍事分界線以北を指すものへと変遷し、「統一」概念が放棄されたことを反映したものであり、それとの整合性を保つための必須の変容と考えられる。

 要するに、北朝鮮の今日の言説においては、同戦争は、事実上、「祖国守護戦争」と位置付けられていると言って過言ではあるまい。戦争目的が全国土の統一(南半部の解放)ではなく、北半部(現在の「祖国」)の「防衛」であったことにすれば、戦争に「勝利」したとの主張も無理なものではなくなる。

 ただ、そうすると、ソウル更には洛東江まで進軍したのは何のためだったのかということになるが、そうした(KYな)疑問を敢えて提起する人はいないのであろう。

2026年7月25日 陸上兵器の開発・配備状況(2025年末~26年6月)

 

 最近やや大人しくなったが、北朝鮮報道機関は、昨年末から6月にかけて、多様な兵器の開発・配備状況を頻繁に報じた。そのうち、特に陸上兵器に焦点をあて、どのような兵器が開発されたのかを整理すると共に、それら兵器をどのように運用するかを推測してみたところ、以下のとおりである。

 

第1 当該期間に開発・装備が報じられた主要陸上兵器

1 巡航ミサイル

ア 長距離戦略巡航ミサイル

・ 発射訓練(12月28日):「1万199秒と1万203秒の間、朝鮮西海の上空に設定された飛行軌道に沿って飛行し、標的を命中打撃」、金正恩「核抑止力の構成部分に対する信頼性と迅速反応性を定期的に点検し、その威力を持続的に誇示」、4軸の発射車両(TEL)から発射

 

イ 多連装戦術巡航ミサイル兵器体系

・ 発射試験(5月26日):「人工知能(AI)誘導命中の正確性」を検証。「南部国境地域の長射程砲兵旅団に装備」を予定、「超精密自治航法体系と地形照合航法体系が結合され、AI末期誘導機能が導入・・滑空及び推進複合飛行方式で100キロラインの標的を超精密打撃」(1両に10数発搭載可能)

 

2 弾道ミサイル弾頭部・発射車両

ア 地対地戦術弾道ミサイル『火星砲―11カ』型の散布戦闘部

・ 戦闘適用性及び威力評価試験(4月8日):6.5~7ヘクタールの標的地域を超強力密度で焦土化」(韓国軍:約240㎞飛翔)

 

イ 「火星砲―11ラ」型戦闘部(散布戦闘部と破片地雷戦闘部)

・ 威力評価(4月19日):「136㎞キロ離れた標的地域に5基を発射、12.5~13haの面積を非常に高い密度で強打、戦闘的威力を誇示」

 

ウ 戦術弾道ミサイルの特殊使命戦闘部

・ 威力試験(6月25日):「敵の飛行場、港湾、電力施設をはじめ重要標的の致命的な破壊を目的」

 

エ 軽量級多用途ミサイル発射体系

・ 発射試験(5月26日):「発射車両の射撃制御系統と自動化体系が現代戦の適合条件に合わせて完全に更新され、戦闘適用性が向上」。戦術弾道ミサイル(1発)と240mm操縦放射砲弾(9発)を搭載(あわせて、①戦術弾道ミサイルの特殊使命戦闘部の威力、②射程が延ばされた240mm操縦ロケット砲弾の超精密自治誘導航法システムの信頼性を検証)

 

3 放射砲

ア 超大型放射砲(600mm)

・ 重要軍需工業企業所現地指導(12月28日)に際し、600㎜超大型放射砲を5基搭載の4軸発射車両を視察。金正恩「戦略的攻撃手段としても利用できる」

・ 第9回大会に贈る600mm大口径放射砲贈呈式(2月18日):4軸5連装の放射砲台車を多数展示、金正恩「600mm超精密多連装放射砲体系と呼びます・・戦術弾道ミサイルの精度と威力に放射砲の連続射撃機能を立派に結合・・集束式超強力攻撃兵器・・特殊な攻撃、すなわち戦略的な使命の遂行にも適合」

・ 西部地区長距離砲兵区分隊火力打撃訓練(3月14日)に動員(12両・2個中隊):金正恩「420㎞の射程圏内にいる敵には不安を与える」

 

イ 更新型大口径放射砲武器体系

・ 効力検証のため試射(1月27日):「4発の放射砲弾は、発射点から358.5キロ離れた海上標的を強打」金正恩「特殊な攻撃使用に適合化された」、「外部のいかなる干渉も無視できる自己精密誘導飛行体系」

 

ウ 更新型240mm24管式放射砲武器体系

・ 試射(6月25日):「火器操作体系の全ての要素が自動化され、自律精密誘導体系が導入され、射程は90キロに延ばされた改良型軍団級火力体系」(金正恩「南部国境の火力態勢変化」言及)

 

4 多目的精密誘導兵器

・ 重要軍需工場を訪問、生産実態を了解(1月3日):「今年の上半期から重要部隊にこの兵器体系を編制に応じて装備させる」、「現行の生産能力を2.5倍ぐらいさらに拡大」

 

5 新型主力戦車

・ 能動防護体系試験(3月19日):「様々な界線と方向から攻撃してくる対戦車ミサイルと無人機を100%の命中率で迎撃」、「総参謀部予備作戦集団所属主力装甲部隊である騎兵連隊1個中隊」に配備。金正恩「夜間戦に弱かった我々の装甲武力の戦闘的制約を完全に克服」

・ 重要軍需工業企業所を現地指導(5月6日):「装甲武器研究所と複数の軍需工業企業所が生産している新型主力戦車と様々な発射台車」を視察

 

6 新型(155mm)自走平曲射砲

・ 重要軍需工業企業所現地指導(5月6日):「生産実態了解」(走行および地形克服、潜水渡河試験、改良砲弾の射撃試験結果に対する専門家の見解を具体的に聴取)、「優れた機動性と高い戦闘環境情報処理能力、自動射撃体系を備えた新型の砲兵器体系」

・ 155mm自走平曲射砲の射程延長弾の命中正確性試験(6月25日):65キロ射程延長砲弾を使用

 

7 その他特殊兵器

ア 電磁気兵器体系

・ 試験実施(4月6日~8日):「様々な空間で相異なる軍事的手段に結合、適用される戦略的性格の特殊資産」(金正植党第一副部長談)

イ 炭素繊維模擬弾

・ 散布試験:(4月6日~8日)

 

第2 主要兵器の運用方針(推測)

1 中央直轄

ア 韓国本土全域の戦略目標を攻撃(核弾頭も使用可能)

・ 長距離戦略巡航ミサイル

・ 600mm超大型放射砲(「更新型大口径放射砲武器体系」と同一?)

イ 韓国後方地区の重要目標を攻撃

・ 地対地戦術弾道ミサイル「火星砲―11カ」(散布弾頭搭載)

2 軍団級:韓国縦深地区(DMZ約100km以内)の重要目標を攻撃

・ 多連装戦術巡航ミサイル兵器体系

・ 弾道ミサイル「火星砲―11ラ」(散布弾頭、破片地雷弾頭搭載)

 → 軽量級多用途ミサイル発射体系から発射?

・ 更新型240mm24管式放射砲武器体系

3 前線師団・旅団級:直近(数十㎞以内)の戦術目標を攻撃

・ 多目的精密誘導兵器(旧式放射砲を更新)

・ 新型(155mm)自走平曲射砲

 

※ 基本的作戦構想(上記から推測)

 ・ 有事においては、韓国後方・縦深に所在の重要目標に対する同時・多発的な攻撃による敵の作戦衝力及び持久力の低下・削減に重点

 ・ 必要に応じ戦術核弾頭の使用も可能な態勢を維持、敵の決定的軍事力行使を牽制

 

2026年7月21日 崔善姫外相ロシア訪問の狙いは何か

 

 崔善姫外相は、「ラブロフ外相の招請」により7月18日、ロシア訪問のため専用機で平壌を出発した。そして、19日にはクレムリンでプーチン大統領と会見、20日には、ラブロフ外相との間で「第3回戦略対話」を実施した。

 北朝鮮側報道によると、プーチン大統領との会見では、「(朝ロ)条約の精神にのっとって同盟関係を一層強化していく意志が再確認され、各分野にわたって二国間の交流と協力を拡大、発展させることに関して有益な談話が行われた」。

 また、「第3回戦略対話」に関する「公報文」の骨子は、次のとおりである。

・ 概況:「条約の履行状況と両国間の高位級往来および多面的な協力計画、両国の関心事となる主要国際懸案に関する外交的調整に重点を置いて建設的かつ有益な戦略的意思疎通が行われ、討議された全ての問題で見解の一致」

・ 確認事項:「情勢の変化にこだわることなく両国関係の百年の大計のための多面的な強化・発展を加速化していく確固たる政治的意志を再確言」

・ 支持の交換:①ロ→北「国の主権的権利と安全利益を守るための朝鮮民主主義人民共和国の全ての努力と措置に全面的な支持を表明」。②北→ロ「ウクライナ紛争の根源を除去し、帝国主義覇権策動から国家主権と領土保全、国際的正義を守ろうとするロシア連邦の全ての対内外政策に対する変わらない支持・声援を表明」

・ 個別的合意事項:①「地域的および世界的安全保障上の挑戦に効果的に対応するための解決策を模索」、②「対外政策機関の間の意見交換を各レベルで引き続き行う」

 こうした報道を見る限りでは、一連の会見、会談(戦略対話)は、概して言うと、「両国関係の強化」ないし「協力の拡大・発展」の方針・意向を再強調し、相互の立場に対する全面的支持・支援の立場を再確認し合うことに終始した印象を否めない。現状(ウクライナ戦用軍需物資・兵員の提供とそれへの見返り)を超えるレベルでの実質的な協力案件というのは、余り存在しないのではないかとも思われる。

 崔外相の今次訪ロは、特定の重要案件をめぐってというよりは、むしろ、そうした、ある意味での「沈滞」状況の中で、しかも中朝の交流活発化に脚光が当てられていることも背景としつつ、「朝ロ関係発展の加速」を内外にアピールすること自体に意味があったのではないかとも思われる。

 ただし、そうした中で注目を要すると思われのは、「地域的および世界的安全保障上の挑戦に効果的に対応するための解決策を模索」との部分である。先走った解釈であるかもしれないが、米国ないし日本、韓国などの「脅威」に対抗するための軍事協力、例えば、合同演習の実施などを示唆するものと考えることもできよう。もちろん、そうした事柄を外相間で協議する(できる)のかとの疑問を呈することもできるし、いずれにせよ、今は「模索」することに合意した段階である。

 とは言え、6月の朝鮮労働党中央委全員会議において、米国及びその追従勢力に対抗する「連合戦線」構築の方針が示されているだけに、そうした動向には特段の注視が必要であろう。崔善姫外相の今次訪ロをめぐっては、「ウクライナ戦争についての協議」を推測する声が強いが、従来の延長線上での推測を漫然と繰り返しているだけとの印象を禁じ得ない。朝ロの協力・協調が今後は、遠く欧州においてだけでなく東アジアに及ぶ可能性も念頭に置いておく必要があろう。

2026年7月11日 軍内不正腐敗事件を批判する党・政・軍連合会議の開催を報道

 

 本日の「労働新聞」は、軍総政治局組織副局長の不正腐敗事件を総括・批判する党・政・軍連合会議が7月10日、金正恩出席の下、開催されたことを報じる記事を掲載した。その骨子は、次のとおりである。

・ 出席者:党と政府、武力機関の指導幹部と朝鮮人民軍の各級指揮官、省、中央機関、党及び政権機関、主要工場、企業の責任幹部、規律調査部門、法機関の幹部

・ 不正腐敗の概要:人民軍総政治局の前組織副局長朴熙哲(音訳)は「組織権と人事権を悪用」、「政治機関の責任ある職務に居座っていたこの4年間、あらゆる権柄と専横を極め、自分に対する特別な幻想を振りまき、周囲に集まる貪欲と職位欲の強い不健全な連中から多くの賄賂を受け取って詐取・・売官売職、賄賂収受、政治詐欺行為を助長し、自分の腹心と追従者を重要職制に配置・・莫大な国家資金と物資、住宅を窃取し、それを奢侈放蕩な生活に蕩尽」

・ 措置の経緯:①中央軍事委が6月末、立件、②党中央委第9期第2回全員会議で法機関送致を決定、③「共和国最高法機関」が「被訴者とその極悪な腐敗行為に追従した共犯者の罪科に対する審理」、④最高裁判所が「特大型腐敗分子らの犯罪行為を峻烈に糾弾し、被訴者らに刑罰を宣告」(具体的刑罰内容は不明)

・ 金正恩「結語」:「党が権柄と官僚主義、不正腐敗との全面戦争を宣布し、闘争の度合いを絶えず強めている時に、特大型腐敗事件が発生したところに問題の重大さがある」、「各級規律調査部門に注意を喚起」、「(幹部に対する)教育と統制を絶えず深化させないなら、腐敗行為を防げないということが今回の事件が与える教訓」、「全ての幹部が原則と清廉潔白性を生命として受け止めなければならず、活動と生活において常に党の信任を自覚し、人民の視線を先に考えなければならないと強調」

 

 人民軍総政治局の前組織副局長の「不正腐敗容疑」については、党中央委第9期第2回全員会議に関する報道の中で公表されていたところであり、今次会議は、その調査・裁判手続きが完了したことを受けて開催されたものとみられる。

 添付写真を見るに会議の出席者は数百人に及ぶとみられ、個別の「不正腐敗」事件に関して、こうした大規模な会議が開催・公表されるのは、極めて異例な出来事である。そうした対応の背景には、事件の重大性・深刻性もさることながら、それに対する金正恩の怒りの強さが働いていると考えられる。

 金正恩が幹部の不正腐敗をはじめとする官僚主義的体質に不満を募らせてきたことは本ブログで繰り返し指摘してきたところである。単なる精神論の繰り返しだけでは、状況の根本的改善は期待できないことは明白であり(それが今次事件の真の「教訓」)、今後、どのような制度的対応策が講じられるのかが注目される。

 とりあえずは、賄賂を贈るなどして「重要職制に配置」された「追従者」らの処分・補完人事措置などが必要と思われるが、同会議前日に開催の党中央軍事委において「主要指揮メンバー(複数)を解任及び異動し新たに任命」したとされており、既に実施された可能性が高い。

 なお、党中央委第9期第2回全員会議での金在龍の政治局常任委員・組織指導部長等からの更迭発表に際しては、この不正腐敗事件の引責説が唱えられたが、上記発表(不正行為が4年前から継続)を勘案すると、少なくとも、今年2月末に就任したばかりの「組織指導部長」としての責任追及の結果とは考え難い(それならば、むしろ当該期間、その職にあった趙甬元が追求されるべき)。仮に、同事件の関連とすれば、金正恩が「結論」で「各級規律調査部門に注意を喚起」していることなどからして、党大会以前に務めていた「規律調査部長」として責任を問われた可能性を指摘出来よう。ちなみに、同人は、8日の金正恩の錦繡山太陽宮殿参拝に同行(最前列から2列目に位置)したことが添付写真から確認されており、しかるべき地位(おそらく党政治局メンバー)を維持していることがうかがえる。

 このほか子細な点であるが、措置経緯に関し、中央軍事委が「6月末」に立件、それを受けて党中央委第9期第2回全員会議が送致決定とされているが、同会議の開催は6月20~22日であり、「6月末」は、「6月下旬」の意味と解すべきであろう。

2026年7月10日 党中央軍事委員会第9期第1回拡大会議の開催を報道

 

 本日の「労働新聞」は、標記会議が7月9日、金正恩の「指導」の下、開催されたことを報じる記事を掲載した。同会議の概況は、次のとおりである。

ア 出席者:軍事委員のほか、「国防省の主要指揮官と朝鮮人民軍の各級大連合部隊の軍事・政治指揮官、党中央委員会の当該部署の幹部」が傍聴(添付写真によると会議場では、金正恩だけが前列に着席、その他の出席者は、少なくとも60数名)

イ 金正恩の主な言及事項

・ 軍事力整備:「戦闘体系の技術下部構造を更新、核武力を質量的に拡大強化、軍事 基地を標準化・専門化、現代化」

・ 訓練部門改善:「軍事教育革命の加速」

・ 偵察情報総局強化:「職能と任務を多角的に拡大・・軍事偵察、情報諜報機能を画期的に向上」

・ 海軍強化:「現代的な海軍基地と各級造船所の能力拡張技術改善事業」

・ 炭鉱改善事業への軍動員:「全国の炭鉱地区を完全に改変・・実現のための人民軍隊の活動方向と具体的な任務を確定・・その執行と関連した組織機構的対策と兵力利用方案が討議」

ウ 決定事項等:①金正恩が7件の命令書に署名、②「当面の軍事機構的対策と関連した中央軍事委指示文が伝達」、③「主要指揮メンバー(複数)を解任及び異動し新たに任命」

 同会議開催の目的について、報道では、「人民軍の政治的・思想的および軍事技術的威力を増大させ、全軍各級の戦闘態勢強化に質的な変化をもたらすための重要政治・軍事課題」を討議したとしているが、実際のところ主眼は、「炭鉱地区改変」への軍の動員方策の決定・周知にあったのではないだろうか。強いて言えば、それ以外の各種軍事力強化方針に関する言及などは、そうした新たな難題を負わされる軍に対する慰撫のため提示されたものとも考えられる。

 そうした狙いは、金正恩の「我が国家の発展と死活がかかっている重大な活動が軍隊に委ねられたのは時代と革命がわが軍に与えた最大の信頼であり、栄誉である」との発言からもうかがえるところである。

 金正恩が軍の力を動員することで自らの強いイニシアティブに基づく野心的構想を実現するというみなれた図式が、又もや再現されることになる。彼は、「先軍政治」との表現こそ放棄したものの、実際のところ、金正日以上にそれを実践していると言えよう。

2026年7月9日 逝去32週年に際し考える金日成の「権威」

 

 本日の「労働新聞」は、7月8日の金日成逝去32周年に際し各地人民が金日成・金正日銅像への献花などの追慕活動を行ったことを伝える記事や金日成の業績・遺徳を称賛・回顧する記事を満載した。

 また、昨日付け同紙は、8日午前零時に金正恩が党・政府高官らとともに錦繡山太陽宮殿を訪れたことを伝える記事及び「偉大な首領金日成同志の以民為天の思想を奉じて我が祖国を人民の国として一層輝かせよう」と題する社説などを掲載した。

 最近、金正恩に対する「首領」呼称の使用など、同人の権威高揚が加速される中、金日成・金正日の権威の「希薄化」が指摘されることがある。確かに、金正恩のそれとの相対的な関係においては、そうした見方も一定の妥当性を有するものであることは否定できない。

 しかし、そのことは、金日成・金正日の権威が絶対的な意味で毀損されているとか消失しつつあるとかいうことを意味するものではないことを忘れてはならないと考える。

 前掲のような7月8日に際しての追慕動向だけをみても、社会全般において、金日成の権威が何ら色あせていないことがうかがえるが、更に重要なことは、金正恩の指導権と金日成・金正日の権威との関係は、決してゼロサム的なものではなく、むしろ、相補的なものであるということである。

 そうした関係を端的に示すのが前掲社説である。同社説は、前段においては、題名に示されているとおり「以民為天」をキーワードとして金日成の業績を回顧し、その偉大性を称揚する内容となっている。しかし、後段以降は、「金日成同志の以民為天の聖なる歴史は今日、敬愛する金正恩同志によって輝かしく継走発展されている」とした上で、金正恩の「人民大衆第一主義政治」に論点を移し、「すべての幹部と党員、勤労者は、金正恩同志の思想と領導を一心全力で奉じ、偉大な首領様と偉大な将軍様の愛国念願、強国念願を輝かしい現実として花咲かせなければならない」と訴える内容となっている。

 こうした論法は、金日成の権威を金正恩の指導権強化に利用する典型的なスタイルであり、金日成、金正日の各種記念日等に際し、かねて繰り返されてきたものでもある。そして、そこから言えることは、金日成らの権威が大きいほど、その利用価値も高まるということである。

 もちろん、そうした関係が成立するためには、欠かせない前提がある。金日成の思想・理念と金正恩のそれが一致していることである。そして金正恩にとって幸いなことは、金日成は既に死亡しており、自らの口で自分の思想がいかなるものであるかを主張できなくなっていることである。では、それを主張できるのは誰か。いうまでもなく(北朝鮮国内においては)、金正恩ただ一人である。

 そうした解釈権の独占を担保するのが、彼が提唱したとされる「金日成・金正日主義」という概念であろう。両人の思想・理念等は、歴史的な事実そのものとしてではなく、同「主義」の中で再編成された形で示されることになるからである。

 前掲社説に即して言えば、金日成の基本理念として「以民為天」を取り上げたこと自体が、既に後段の「人民大衆第一主義」称揚へとつなげようとの選択の結果である。例えば、金日成は、実際には「祖国統一」について随分と腐心したが、「敵対的2国家論」が提唱されている今日、そうした点に脚光が当てられることは絶対にありえない。

 要するに、「金日成の思想」は、既に、金正恩の自家薬籠中の物になっていると言って過言ではない。そういう意味での金日成の権威は、金正恩にとって、資産でありこそすれ、負担・制約ではありえず、それを退色・毀損するべき理由はないと考えられる。わかりやすくたとえれば、金正恩は、金日成の権威という地盤の上に自己の家を建築中なのであり、その地盤を掘り崩すことは、自分の家の脆弱化を招く愚行でしかない。

2026年7月7日 何故、今、「石炭」なのか?

 

 本日の「労働新聞」は、朴泰成総理が順川地区青年炭鉱連合企業所天聖青年炭鉱の生産実態を現地で了解したことを報じる記事を掲載した。

 朴総理のこうした動向が最近の北朝鮮における石炭部門重視の方針を反映したものであるこというまでもない。かかる方針は、去る6月20日から開催の党中央委第9期第2回全員会議において、「石炭工業をもり立て、全国の炭鉱の村を変革させることについて」が一つの議題として取り上げられ、金正恩が全国の「石炭村一新」を改めて号令したことなどによっても示されている。

 ちなみに、北朝鮮で石炭の増産督励の動向が顕著化したのは、昨年10月下旬ころであった(高位幹部が相次いで炭鉱を訪問など)。それ以降、昨年末開催の党中央委第8期第11回全員会議で金正恩が「石炭村一新」を提唱している。

 問題は、果たして、何故、「石炭」の増産がそれほど喫緊の課題となっているのかということである。

 昨年10月下旬の時点では、5か年計画の結束時期を迎え、各企業所等が計画達成に向け生産に拍車をかけているために電力需要が急増し、これに伴って燃料炭の需要も増加したためではないかと推測していた。

 しかし、同計画が終了した後、今年に入ってからも、こうした中・長期的な取り組みがなされているということは、そうした一時的な問題ではなく、より構造的な要因による石炭の需要が増加していることを意味する。

 では、それはいかなる要因かと言えば、漠然とした表現であるが、北朝鮮経済の全般的発展の結果、諸方面で従前以上に電力の消費水準が上昇したことの反映ではないかと考えられる。端的な例を挙げれば、「地方発展政策」により新設された地方工業工場が既に全国40か所で稼働をはじめている。平壌では、毎年1万戸の高層住宅が建設された。エレベーターは不可欠であろう。農業でも、各種の「科学農法」の採用が進められた結果、例えば、温室などの運営にも何らかのエネルギーが必要となろう。住民のスマートフォン普及も相当進んでいる模様で、それに伴う電力使用も「チリも積もれば・・」ではないだろうか。

 現在、先進諸国では、AI普及によるデータセンターへの安定的電力供給が課題となっている。北朝鮮においても、レベルは違えど、従前とは異なる次元へと経済構造が進化する過程で電力をはじめとするエネルギー重要の急増現象が起きている可能性を指摘できる。 

 更に北朝鮮に好意的に解釈すれば、「自力更生」路線に基づき、従前、石油などの輸入原材料に依存していた製品に代替しうる、石炭を原材料とする各種製品の開発・生産に奏功した結果、石炭の需要が増加した可能性を上げることもできよう。

 もう一つの可能性は、中国への輸出需要の拡大である。中国が、従前、国連制裁等に基づき抑制していた北朝鮮からの石炭輸入を、昨年9月の金正恩訪中を契機とした関係強化を背景に増加させている可能性である。北朝鮮としても、外貨獲得につながるのであれば、石炭の増産を急がない理由はない。この見方は、石炭増産が強調されはじめた時期とも符合する。

 実状は判然としないが、北朝鮮当局の石炭増産に向けた腐心が格別のものであることは間違いのないところである。その背景を考えることは、北朝鮮経済に対するより深い理解の契機となりうるとの思いから、敢えて浅見を披歴した次第である。

 読者諸兄はいかがお考えであろうか?