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主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

1月10日  「正面突破戦」とは何か(総括的評価)

 

 金正恩が昨年末の中央委員会全員会議において、「正面突破戦」を打ち出した後、「労働新聞」紙上には、同会議の状況を伝える記事及び同会議決定を敷衍・解説する論評などが様々掲載されてきた。その一部は、本ブログでも、その都度紹介してきたところである。本稿は、それら報道内容などを総合し、「正面突破戦」とはいかなるものであるのかを改めて整理・検討しようとするものである。

「正面突破戦」の闘争対象

 まず、「正面突破戦」が「突破」を目指す闘争対象は何か、換言するならば、北朝鮮指導部にとって喫緊の課題として認識されているものは何か。それは大別すると、①敵ども(=米国)の朝鮮敵視政策(圧殺策動)、とりわけ経済制裁、②国家運営とりわけ経済分野に内在する旧弊、③体制の動揺につながりかねない、国内各層における綱紀の弛緩、人心の荒廃、敗北主義(「輸入病」)など思想・精神的混乱、④経済(生産活動)の低迷、に集約できよう。

 そして、これらの問題は、互いに因となり果となって、いわば悪循環を形成して、解決を困難にしている。とりわけ、②には、執務姿勢などの精神的側面が多分に込められているとみられ、③と密接不可分な関係にあると考えらる。

「正面突破」の意味

 「正面突破戦」の全般的な特徴は、第一に、前述のような課題を「正面から突破」しようとすることにある。すなわち、妥協・譲歩や小手先・表面的な解決ではなく、また、漫然と情勢の好転を待つのではなく、原則的な立場を堅持しつつ、問題の根源的な解決を自らの主動的・積極的な活動によって実現しようとするものと言える。

 第二の特徴は、上述のとおり、取り組むべき課題が複合的な問題意であるだけに、それぞれの解決に向けた方策もまた、相互補完的な作用が期待されていることである。対象とする問題の同時並行的な打開を目指しているともいえる。

 第三の特徴は、その期間として、「長期戦」「持久戦」が想定されていることである。「正面突破戦」との表現からは、なにか短期決戦、奇襲戦のような印象を受けがちであるが、決してそうではなく、長期にわたる粘り強い取り組みが強調されているのである。

経済分野における取組み

 次に、「正面突破戦」の各論的な部分に目を転じると、まず「経済戦線が基本戦線」と位置付けられており、この分野への取組みを先行させることが予定されているとみられる。

 経済分野における取り組み策としては、「自力更生」、すなわち自前の資源・物資・技術への依拠を大前提としつつ、経済全般にわたる指導体制・運営制度及び各部門・単位において、それぞれ問題点・不足点を徹底的に洗い出し、中心的な課題を特定した上で、その構造的・抜本的な刷新・改革を進める(上述闘争対象②への対応)ことによって、「潜在生産力」「内的動力」を最大限発揮する。その際には、経済建設の「牽引車」である科学・技術を活用し、「質」や生産効率の確保、周辺環境への配慮などにも努める。あわせて、後述する人々の思想・意識改革の効果ともあわせて、各産業部門が所要の生産を達成し(闘争対象④への対応)、もって人民生活の安定・向上を実現する、というのが大筋の戦略であろう。

 こうした経済分野の取組みが順調に進めば、前述闘争対象②及び④が解決できるにとどまらず、「自力更生」の成果を誇示して「経済制裁の無効性」を実証し、あわせて「戦略兵器」の整備を着々と推進することによって、敵の「圧迫策動」を破たんさせることにつながる。同時に、人々に社会主義の優越性(=北朝鮮体制の正統性、指導部の路線・政策の妥当性)を実感させることによって、思想・精神の健全化を後押しし、体制の安定・団結も促進される、などの複合的効果が期待されている。

思想・精神分野における取組み

 「正面突破戦」においては、闘争対象の③として指摘した思想・精神的な諸問題への対応(以下「意識改革」とする)のために、⑴革命の原点である抗日遊撃隊の「白頭山精神」を基調とした思想教育の徹底及び⑵「対外関係の激化」の強調という方策が主に用いられるものとみられる。

 ここで、⑴の最も端的な取り組みが昨年末から本格化された「白頭山革命戦跡地踏査行軍」であり、そうした狙いを象徴するのが「生産も学習も生活も抗日遊撃隊式に」のスローガンであることは言をまたないであろう。

 また、⑵を敷衍すると。対外関係において「正面突破」の決意を示すことによって、従前、米朝対話などによって人々の間に生じていたとみられる「制裁緩和」「外部からの経済支援」などへの期待を払しょくさせ、いかに困難であっても「自力更生」に取り組むしか活路がないとの認識を抱かしめることができる。その意味で、「戦略兵器開発」など一連の強硬発言は、国内向けの「背水の陣」的な効果を狙った側面もあると考えられる。

 そして、このような意識改革は、前述の経済分野の改革とも密接不可分なものといえる。従前、経済分野における動機づけとしては、「物質的インセンティブ」が注目されてきたが、「正面突破戦」においては、前述のとおり、「革命精神」を基調として、その実現を目指そうとしているところが特徴的と言えよう。そのような方策が選択された背景には、これまで「市場経済的要素」の導入を進めてきた結果として、「個人利己主義」や外部思想の流入などの副作用が看過できない程度に達してしまったとの反省があるとも考えられる。

外交分野における取組み

 闘争対象①については、「主戦場は経済分野」との認識に基づき、既述のとおり、「自力更生」による経済建設の推進により、「経済制裁を無用のものとする」ことを基軸としつつ、同時に、各種の「戦略兵器」の開発・装備を着々と推進することにより、「時間の経過は北朝鮮に有利に働く」ことを示すことにって、米国側を圧迫して譲歩を迫り、最終的には北朝鮮が望む形での合意に至ることを目指していると考えられる。

 また、前述のとおり、その実現には「長期戦」が必要との認識があるとみられ、その過程では、対外分野においても積極的な攻勢を展開することを期していることがうかがえる。その具体的方法については論究されていないが、最近の関連動向などから推測すると、中国・ロシアなどを巻き込んでの北朝鮮に同情的な国際世論の形成、韓国への揺さぶりを通じた対北朝鮮政策における対米離反傾向の顕著化、などの例をあげることができよう。要するに、受け身の防御(=自力更生)だけではなく、積極的な反撃にも努める作戦と考えられる。

まとめ

 以上の考察から明らかなとおり、金正恩が推進しようとしている「正面突破戦」は、対米交渉だけを目的としたものでも核武装の強化に向けたものでもない。むしろ、対外的緊張関係をテコとして、国内の慢性的かつ深刻な諸問題を打破・刷新することを目指す側面が強いと考えられる。金正恩が10月の白頭山登頂の際、「新路線」を構想した旨が喧伝されたが、それを具体化したものが、まさに以上のような「正面突破戦」であったといえよう。