rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

9月4日 「委任統治」論について(9月5日加筆訂正版)

 

 本日、ある方が韓国・世宗研究所北韓研究センター長である鄭成長博士の標記に関する論稿「金正恩の『委任政治』と北韓パワーエリートの位相・役割変化」(世宗論評21号)を紹介して下さった。

 本ブログで取り上げたテーマとも関連する非常に興味深い論稿であるので、骨子を紹介するとともに若干の所見を申し述べたい。

 論稿は、まず先般の韓国国会における国家情報院の報告で「委任統治」との表現が使用されたことについて、「委任政治」との表現が適切とした上で、その意義を「最高指導者が絶対権力と核心事案に対する最終決裁権を保有しつつも、核心幹部達に担当分野での政策決定に対し相当の権限を付与し、同時にその決定の結果について昇進や降格などのような方式で確実に責任を問う方式」と説明している。

 そして、このような「委任政治」は、実は、金正恩の執権初期から、崔龍海を人民軍総政治局長に任命して軍の掌握を進めたり、朴奉柱を総理に任命して経済分野に市場経済的要素を導入したりするなどの形でとられてきたものであると説明し、そうである以上、彼の健康問題と絡めて説明するのは困難との見方を示している。

 更に、最近の「労働新聞」における幹部の動静に関する報道スタイルの変化について、「金委員長の『委任政治』が核心幹部の位相をより高め、彼らの役割を増大させる方式で引き続き深化している」ことを示すものとしている。そのような「労働新聞」の変化の具体例として挙げられているのは、8月30日付け紙面で朴奉柱と金徳訓総理の「現地了解」記事が1面トップに掲載されたこと及び9月1日付け紙面で李炳哲、朴奉柱及びその他の党副委員長の洪水被害復旧事業の「指導」を報じる記事が掲載されたことである。

 論稿は、また、9月1日付け記事については、以下の3点を注目すべきことがらとして指摘している。

 第一は、李炳哲の記事が朴奉柱の記事の左側に置かれていること、すなわち、李炳哲を朴奉柱よりも上位に位置付けていることである。そして、李炳哲のこのような序列は、8月25日開催の政治局拡大会議において彼が金正恩の(左)隣に着席(右隣は崔龍海、朴奉柱はその更に右隣に着席)した際に示されたもので、それがこの日の報道を通じて「再確認」されたとしている。また、軍需工業部門の責任者である李炳哲がこのような高位に(とりわけ、軍総政治局長、総参謀長よりも上位に)位置付けられていることは、金正恩が「戦略武器の開発と実戦配置、そして大兵力中心の既存軍隊を戦略武器中心へと改編する国防分野の現代化を最も重要な国政目標中の一つとみなしていることを示唆するもの」との見方を示している。

 第二は、これら幹部の動静について「指導」との「破格」な表現が用いられたことである。そして、そのような報道ぶりについて、「金委員長が彼らの現地視察時、実務的な『指導』まで行うことができるように公式的な権限を付与したことを示唆」するものと説明している。

 第三は、副委員長6人に関する記事の中でその名前が、金才竜(前総理)、李日愌(宣伝扇動部長)崔輝(勤労団体部長)、朴太徳(農業部長)、金英哲(対南担当)、金衝俊(国際部長)の順で記されたことである(カッコ内の肩書は、同論稿によるもの)。そして、北朝鮮媒体においては、「組織指導部長の名前が宣伝扇動部長より前に来るのが一般的である」こと及び2012~13年には張成沢行政部長(司法・検察・治安等担当)が宣伝扇動部長よりも前に位置付けられていたことを根拠として、金才竜は、組織指導部長ないし8月13日の政治局拡大会議で新設された新部署(治安関係担当と推測、「組織行政部」との報道あり)の「部長職に任命された可能性が高い」と分析している。

 以上が鄭博士の論稿の骨子であるが、北朝鮮分析で長い経験を有し、また定評を博する同氏ならではの深い洞察に裏付けられた観察及び分析といえよう。

 ただ、若干の点で疑問に感じるところもあるので、以下に所見を述べたい。

 まず、「委任統治」ないし「委任政治」についての認識であるが、いかなる古今東西の独裁体制といえども、独裁者一人で統治活動を実行することは不可能であり、複数の部下に一定の役割を分担させること、そして、その結果に伴い彼らに何らかの賞罰が与えられることは、極めて当然のことである。そのような意味において、金正恩時代の北朝鮮において「委任政治」が行われているということは、否定する余地のないことである。

 しかし、問題は、その「委任」の程度、すなわち「担当分野での相当の権限の付与」がどれほど確固としたものであるか、であろう。最近の北朝鮮の動向は、そのような「委任」の程度の高まりを示しているといえるだろうか。例えば、朴奉柱なり時の総理なりが「経済分野を委任されている」と言うが、両人は、どのように任務を分担しているのか(しばしば同一箇所を現地了解している)。何故、金正恩がニワトリ工場の建設現場など経済部門を指導する必要があるのか。崔龍海が経済関連施設に「現地了解」を行うのは、どのような「担当分野」に基づくものなのか。「担当分野委任」論の矛盾は、「対南担当」や「国際部長」を含む6人の党副委員長が台風被災地復旧事業を一斉に「指導」したことに端的に表れる。これをもって「担当分野」に基づく「権限行使」といえるだろうか。また、崔富日が党中央に設置された「軍政指導部長」として軍事部門を託されたというが、同部の軍に対する指導権限の具体的内容はまったく不透明であり、総政治局長や総参謀長まで、その指導下に置いたと見るべき具体的根拠もない(むしろ、両人は金正恩の直属下にあると考えるのがよほど自然であろう)。金与正についても、「対北ビラ非難」キャンペーンに関しては相当存在感を発揮し、また対米。対南関係の「談話」」の名義人となっているが、継続的にそれら部門を担当・主導しているとみるほどの根拠は示されていない。

 結局のところ、「委任」を「ゆだねまかせること」との字義どおりに用いる限り、現在、北朝鮮において、核心幹部がそれぞれ経済、軍事、外交などの特定部門の事業について確たる「委任」を受けているとは言えないのではないだろうか。むしろ、核心幹部といえども、担当部署の長としての職務をこなすだけで、あとは、その時々に振り付けられた役割なり行動を果たしていると見た方が現実に即しているように思われる。前述の6人の副委員長の「指導」はまさにその端的な例であり、金与正の「対北ビラ非難」キャンペーンでの「活躍」ぶりも、そのような文脈で理解することもできるのではないだろうか。

 次に、9月1日付け記事についての分析に対する見方を述べる。

 まず、第一の点、すなわち李炳哲が朴奉柱よりも上位に位置付けられているとの指摘に異論はなく、同人のそのような位置づけの示唆するところについての前述の見方も妥当なものと考える。ただ、後者については、もう一つの可能性として、ややうがち過ぎの見方かもしれないが、李炳哲の地位を急上昇させることによって、特段の実際的活動を伴うことなく、核・ミサイル開発を促進していることを内外に印象付けることができるという、いわばアピール効果の狙いも考えられるのではないだろうか。

 第二の点、「指導」との表現が「破格」のものとの指摘は、本ブログとも共通するもので、もちろん異論はない。ただ、それが、視察者に対して「実務的な『指導』まで行うことができるように公式的な権限を付与したことを示唆」するとの見方には疑問を感じる。実際のところ、これら幹部が視察時に行う活動に特段の変化はないのではないだろうか。もし、この「指導」という表現が視察者に与えられた実体的な権限を反映したものであるとするなら、9月3日に報じられた金徳訓総理の「復旧状況現地了解」においては、そのような「指導」は行えなかったことになるが、経済部門以外を担当する副委員長に「指導」の「権限」が与えられ、総理にそれが与えられないということがありうるだろうか。むしろ、それらは報道振りの「ブレ」に基づくものととらえるのが、より合理的であり、検討すべきは、なぜ、そのようなブレが生じているかであろう。

 第三の点、すなわち金才竜前総理が組織指導部長又は「組織行政部長」に就任との見方には、まったく賛成しかねる。そのような推測の根拠は、同人の名前が宣伝扇動部長の前に置かれているからということだが、それだけでは余りに根拠薄弱と言わざるを得ない。この記事における名前の順序は、各人が長を務める部の建制順に基づくものではなく、彼らの政治局における序列を反映したものと考えるべきではないだろうか。論稿の指摘するとおり、李炳哲(軍需工業部長)に関する記事が紙面筆頭の位置に置かれているのは、彼が党内序列において、ここに記された他の誰よりも上位に位置づけられているからであり、軍需工業部が党中央委部署の中で筆頭の地位を占めるからでないことはいうまでもない。そして、金才竜は、25日開催の政治局拡大会議において、常務委員会メンバーを除く政治局委員の筆頭の位置(朴奉柱の右隣、金正恩から数えて6番目)に着席しているのである(そして、その向かい、すなわち7番目に位置に崔輝宣伝扇動部長らしき姿がみえる)。

 金才竜については、総理に就任した金徳訓と地位を入れ替えた、すなわち、金徳訓が部長を務めていた部(名称は不詳だが経済関連と思料)の部長に就任したと考えるのが自然であろう。では、新設された、いわゆる「組織行政部」の部長は誰か、それは興味深いが、一層の検討を要する問題であり、ここでの言及は留保しておきたい。

 9月5日加筆:本日付けの労働新聞に元山・江原道の洪水被害に関し、同地幹部の責任を問う党中央での会議が3日開催され、金才竜副委員長が同会議を「指導した」こと、他の副委員長と組織指導部、宣伝扇動部の幹部が参加したこと、当該地方幹部の「党的、行政的、法的」な処罰を決定したことなど報じられた。以上のような報道は、金才竜の役職に関する鄭博士の推測を後押しする有力な根拠となりうると考えられる。したがって、それに関する前述の見方については、とりあえず撤回したい。