rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

6月9日 金与正「談話」を具体化。国内「反響」報道等も継続

 

 いよいよ金与正「談話」の警告を具体化する動きが始まった。9日付けの朝鮮中央通信の記事(同日付け「労働新聞」にも掲載)によると、「(6月)8日、対南事業部署(複数)の事業総括会議において、朝鮮労働党中央委員会副委員長金英哲同志と朝鮮労働党中央委員会第一副部長金与正同志は、対南事情を徹底して対敵事業として転換させなければならないという点を強調しつつ、背信者とゴミどもがしでかした罪の値を正確に計算するための段階別対敵事業計画を審議し、まずはじめに北南間のすべての通信連絡線を完全遮断してしまうことについて指示を下した」とし、9日午前12時限りで南北間の各種通話チャネルを遮断することを明らかにした。(その後の韓国報道では、実際に不通になった由である)

 国内の「反響」に関しては、「平壌総合病院建設場から入ってきた知らせ 燃える敵愾心を抱いて熾烈な徹夜戦、果敢な電撃戦をより強く展開」と題して、同病院の建設が急ピッチで進展していることを伝える記事をはじめとして、「無慈悲な懲罰、これが憤怒した人民の答えである」「どこででも轟く激怒の声」などの題目の下、各界の人々の「怒りに声」を様々な形で伝えている。それら記事では、南朝鮮当局者に対する強い怒りとともに、「最近は、家々で、大建設場ごとに、敵の頭の上に鉄槌を下す誓いが燃え上がり、革新の槌音がより強く轟いている」ことなどもあわせて伝えられている。

 また、社会団体の動向では、農業勤労者同盟の「抗議群衆集会」が8日、平壌市江西区域水山里(音訳)階級教養会館教養広場で開催され、朝鮮労働党中央委員会第一副部長の談話を同同盟中央委員長が朗読したこと、「南朝鮮当局と『脱北者』ゴミどもを断罪糾弾する青年学生の抗議示威行進」が7日及び8日にかけ、平壌市及び各道で実施されたことが報じられ、それぞれの状況を示す写真も掲載された。このほか、在中朝鮮人総連合会代弁人が7日、「人間ゴミどもの無謀な盲動とこれを放置した南朝鮮当局者を峻烈に断罪糾弾する」と題する談話を発表したことも報じられている。

 次に関連する「労働新聞」の論評としては、「階級教養は絶え間なく深化させなければならない」と題する「論説」と「事態の深刻性を骨に刻んで気付かなければならない」と題する「情勢論解説」がある。

 前者の「論説」は、冒頭、脱北者グループによるビラ散布などの動きをあげて、「現実は、階級教養事業(階級意識扶植ための教育活動)を絶え間なく深化させ、すべての党員と勤労者たち、新世代たちを階級の前衛闘士としてより徹底して準備させることを要求している」とした上で、「階級教養を強化すること」の意義を二つの側面から論じている。

 一つは、「敵どもの策動を断固粉砕し、我々式社会主義をしっかりと擁護固守する」ことである。「我々の社会主義を崩壊させようとの敵どもの策動において最も主たるものは、思想文化的浸透策動である」との認識に基づき、それへの対抗手段としての「階級教養」の重要性を主張している。

 次は、「高い階級的自尊心を帯びて経済建設大進軍で新たな飛躍と革新を起こしていく」ことにつながるとの発想である。そこで目指すのは、「社会主義の絶対的優越性に対する矜持と自負心を保ち、経済と科学技術、文化をはじめとしたすべての面で資本主義を圧倒しようとの強い意志を帯びた人間」を作ることである。

 ここでは更に、「試練と難関が重なるからと言って敵どもに何かを期待」したりすることを「自殺行為と同じ」と戒め、「階級教養事業をより深化させ、すべての人々を敵どもに対するいかなる幻想も持たず粘り強く戦っていく自力更生の強者として準備させる」ことの重要性を強調している。これは、正に今回の一連の動向の狙いを端的にうかがわせる主張と考えられる。

 後者の「情勢論解説」は、「南朝鮮当局」への批判に終始するものだが、その論旨を厳密に見るとやや矛盾も感じられる。すなわち、「区々とした弁明だけを繰り広げている南朝鮮当局者どもの穏当ならぬ態度をみれば、彼らが事態の深刻性をまったく気づけずにいるということを知ることができる。」として、いわばその「無知」ぶりを指摘する一方で、「北南関係を壊してしまおうと意図していなかったなら、現事態についてそのように太平楽な態度を取ることはできなかったはずだ」として、いわば計画的悪意を主張している。状況の推移を見ると、後者の主張にはさすがに無理があるようにも思えるが、北朝鮮としては、何としても「南朝鮮当局」を絶対的な悪者にしてしまおうとの意図があり、観察的に得られた前者の批判だけでは足らず、論理性を無視してでも、後者の批判を追加しているのではないだろうか。

 以上の動向を総合して、とりあえずの印象を述べると、まず、金与正「談話」発表以来の展開の基本的な狙いが国内の思想的引締め、すなわち、文政権に対する「幻想」「支援期待」の払拭及びこれを契機とした「階級意識」の扶植(特に、かねて懸念していた新世代・青年層対策強化)とその余勢による経済建設活動の加速化(特に党創建75周年に向けた諸目標達成)であることが、ますます顕著になっているといえよう。

 次に、金与正の存在感強化の狙いについては、間違いなく存在するものの、やはり一気にナンバー2まで押し上げるのではなく、今回の動きは、重要であるが更なる高みを視野に入れた一つのステップに止まるものと考える。対南事業総括会議の報道で、金英哲党副委員長と並列する形で、しかも彼の後に名前が報じられていることがそれを示唆している。また、一連の報道において「談話」を指す場合、「党中央委員会第一副部長談話」とあって、「金与正」の名前は略されていること、各種集会における発言等の報道でも彼女の名前への言及がないことなどをあげることができる(ただし、実際の集会の場においては、言及されている可能性もあるが)。

 最後に南北関係の側面であるが、最大の特徴として、非難の表現(修辞)は厳しく(例えば「対敵事業に転換」など)、また突如として噴出しているが、実際の行動は、「措置の検討」、「総括会議の開催」など、小刻みに段階を踏みつつ(いわば「やってる」感を示しつつ)、慎重に進めているといえるのではないか。今回の「通信線の廃止」などもいつでも復活可能であり、当初示唆していた「共同事務所撤収」に比較すると、いわばその準備段階的な水準にとどまっているといえよう。しかも、それでも韓国では大騒ぎしているので、「揺さぶり」効果は十分あがっており、今後、急展開で北朝鮮が示唆しているような大変な事態に至る可能性は低いと考える。