rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

7月10日 金与正談話補論

 

 金与正談話について、いくつか補足しておきたい。

 まず、ハノイ会談以降の推移についての主張に注目したい。ハノイでの交渉について、「制裁解除」を交換条件とすることによって「我々の核中枢(寧辺の意味であろう)を優先的に麻痺させ」る可能性を持っていた、それは、「我々が取引条件が合わないにもかかわらず、危険を冒してでも、制裁の鉄鎖を絶って一日でも早く人民の生活向上を図ろうと一大冒険をした時期であった」ためとした上で、そのような姿勢は、過去のものとしている。

 すなわち、「2019年6月30日、板門店で朝米首脳会談が開かれたとき、我が(金正恩)委員長同志は、北朝鮮経済の明るい展望と経済的支援を説教し、前提条件として追加的な非核化措置を要求する米国大統領に、華麗な変身と急速な経済繁栄の夢を成し遂げるため我が制度と人民の安全と未来を担保もない制裁解除ごときと決して交換しない」こと、そして、「我々式に、我々の力で生きていくことをはっきりと闡明された」という(これは、まさに現在の「正面突破戦」において主張されているところそのものである)。そして、それ以降、制裁解除問題は、米国との交渉議題から完全にはずれたと主張する。

 このような主張及び前掲ブログで紹介した趣旨ともあわせて、北朝鮮の現時点における対米戦略を整理してみると、次のとおりと考えられる。

① 最も望ましいのは、トランプ大統領が「北朝鮮敵視政策」の全面的転換・払拭を決意して、「重大な態度変換」を明確に示すこと、その場合、首脳会談もありうる。その狙いは、米国からの「不可逆的な重大措置」引き出し。

② それができないのであれば、当面、米国による北朝鮮への「経済的圧迫、軍事的脅威」などをけん制しつつ、自らは、長期的計画に基づく「抑止力」強化を進める。

③ 朝米交渉再開には、一定の前提が必要。また、同交渉における基本スタンスは、北朝鮮の非核化と敵対政策の廃止を同時並行的に推進すること。

④ 制裁解除は、望まないではないが、それだけをもって非核化措置との交換条件とはしない。米国の敵視政策撤回に伴い自ずと解除されるべきものとの位置づけ。

 以上のうち、②に関して補足すると、今後在り得る軍事力強化の措置(新兵器の開発・誇示など)の狙いは、従来考えてきた米国の譲歩引き出しを目指す「対米圧迫」というよりも、米国の黙認を前提とした既成事実化にあるということになる。あるいは、米国がそれにあわてて譲歩姿勢を示せば予想外の成果ということになるし、逆に無視されても、当該兵器の保有について既成事実化できたことで、今後の対米交渉ないし対峙の基盤強化につながる、との「両にらみ戦術」とも考えられる。

最後に、今次に限らないが、金与正談話の執筆者は誰なのか(彼女がどの程度関与しているのか)という疑問を提起しておきたい。彼女の名義で出されているからといってすべて彼女の着意に基づくものときめつけるのはナイーブ過ぎよう。しかし、その文体などには、従前の格式ばった談話等とは異なる独特の雰囲気が込められているようにも感じられる。まったく名前だけではないような印象を受けている。

 また、合わせて、北朝鮮がそのような金与正談話を通じて対外メッセージを発信する(金与正の格上げという国内的意味とが別の対外的な)意味なり狙いも考察する必要があろう。例えば、今次談話の内容を、例えば外相なりが出したのとは何が違うのか。確定的なことは言えないが、最後の部分の「DVD送って」に端的に示される独特のニュアンスは、外相談話では表出困難であろう。