rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

2021年5月2日 対韓・対米非難の談話を相次いで発出

 

 北朝鮮は、本日、①韓国における対北朝鮮ビラ散布を非難する金予正党中央委副部長の談話、②先のバイデン大統領の議会演説における北朝鮮関連発言を非難する権正根(音訳)外務省米国担当局長の談話、③米国国務省スポークスマンの北朝鮮人権問題に関する報道用コメントを非難する談話を相次いで発表した。

 まず、①は、先月、韓国の脱北者団体が北朝鮮への宣伝ビラ散布を実施したと明らかにしたことをとりあげ、「南朝鮮当局」がこれを「放置し、阻止しなかった」ことについて「不快感を隠すことができない」とした上で、「それに相応する行動を検討してみるであろう」「我々も、これからはこのまま黙ってみているわけにはいかない」などと反発を示唆するものであった。

 次に、②は、バイデン大統領の名指しは避けつつも、「米国執権者が就任後初めて国会で演説した」なかで、北朝鮮を「米国と世界の安保に対する『深刻な脅威』」と述べたことについて、「対北朝鮮敵対視政策を旧態依然として追及するとの意味」が込められているとして非難したものである。また、同演説で、「外交」と「抑止」でそれに対応するとしたことを踏まえて、「米国が主張する『外交』とは、自分らの敵対行為を覆い隠すための見掛けのよい看板に過ぎず、『抑止』はわれわれを核で威嚇するための手段」と決めつけている。

 その上で、「米国の新たな対朝鮮政策の根幹が何であるのかが鮮明になった以上、我々はやむを得ず相応する措置を取らざるを得なくなるであろうし、時間が経つほど米国は非常に深刻な状況に直面することになるであろう」と警告している。

 また、③は、米国国務省スポークスマンが金正恩の指示に基づく北朝鮮の国境統制強化などをとりあげて「人権侵害」と非難したことに対し、「対朝鮮敵対視政策の集中的な表現」と非難し、とりわけ、金正恩に言及したことについて、「我々の最高尊厳(金正恩の意)を冒涜したことは、我々との全面対決を準備しているとのはっきりとした信号」と強い反発を示している。さらに、人権問題への言及をバイデン大統領の演説内容と関連付けて、「『人権』を内政干渉の道具として、制度転覆のための政治的武器として悪用しつつ、『断固たる抑止』で我々を圧殺しようとの企図を公開的に表明した」ものときめつけ、「我々は、やむをえずそれに相応する措置を取らざるを得なくなった」「米国は、我々の警告を無視し軽挙妄動したことについて、必ず、必ず後悔することになるだろう」と厳しい対応を予告している。

 以上の談話のうち、①は、概ね想定の範囲内の形式的非難といえよう。「相応する行動を検討してみる」という程度では迫力不足といわざるをえない。ビラが飛ばされた以上、黙ってはいられないので一応出したという程度ではないだろうか。

 ただ、細かいことを言うと、金予正の肩書が前回談話(3月30日付け)の際の「宣伝扇動部副部長」から、今回はただの「副部長」に戻っている。また、以前は、米国向け談話(とりわけ大統領関連の内容)は同人名義であったが、最近は、同人の談話は、韓国向けに限られているし、同時に、対韓関係では以前は実務レベルが反応していた出来事(今回もそうだが)にも同人の名義で反応しているようにみえる。同人の先の談話にあったように祖国統一委員会等は廃止し、対韓窓口はもっぱら同人が受け持つことになったのだろうか(笑)。冗談はさておき、同人の担当なり役割に何らかの変化があったとみるべきであろう。

 一方、②と③は、まとめて検討すべきであろう。バイデン大統領の議会演説直後ではなく、この時期になって②が出されたのは、やはり③の出来事があって、それまで判然としなかった演説に対する評価が下されたことを示唆しているのではないだろうか。端的に言えば、人権問題批判が契機となって、核問題への姿勢も悪意に評価されたということである。それだけ、人権問題は、北朝鮮にとっては(批判に耐性ができている中国とは異なり)ナーバスな問題なのであろう。しかも、金正恩への批判的言及は、北朝鮮にとって看過できない「挑戦」である。米国国務省の今次人権問題への言及にそれほどの覚悟なり意志なりがあったとは思えないが、結果的にそうなってしまったということであろう。

 ただし、今後の対応(「相応する措置」の実施)については、②と③とは微妙な差があり、②は米国が今後も敵対視政策を続けるならという条件付きであるのに比し、③は、既定路線となったかの表現を用いている。北朝鮮が直ちに何か刺激的な行動に出るとも思えないが、従前の新政権の「政策見極め」段階が終わったことは間違いなく、米朝交渉再開の「機会の窓」は閉じられつつあるかのように見える。

 ちなみに、②,③に接して最も驚愕しているのは、韓国の文政権であろう。これまでは、バイデン大統領の演説やサキ報道官の発言などについて、韓国の政策の範囲内などと楽観的(得意の我田引水型?)に評価していた模様であり、今や5月下旬の文大統領の訪米を控えて、収拾策検討に大わらわになっているのではないだろうか。そうしてみると、①には、そうした韓国の「呑気さ」に対する痛棒と対米働きかけをしっかりやれとの激励の鞭の意味が含まれているようにも思える。