rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

6月10日 金与正「談話」関連動向紹介及びとりあえずの分析

 

  標記をめぐり本日付け「労働新聞」紙面に掲載された主な記事としては、まず、女性同盟による「抗議群衆集会」が9日、信川博物館教養広場で開催され、従前の同種集会同様、女性同盟中央委員長の「党中央委員会第一副部長の談話」朗読などが行われたとの記事がある。ちなみに、信川博物館は、朝鮮戦争時における「米軍による虐殺行為」の地に建てられた、「階級教養」のメッカ的存在となっている施設である。

 また、それに加えて「信川博物館に集まってきた各地の女性同盟員たち」の声をとりまとめた記事及び各地の人々の反響を紹介する記事も数件掲載されている。

 このほか、在中国朝鮮人総連合会中南地区協会の代弁人が6日、「南朝鮮当局は、民族のゴミどもを放置した事態の厳重性と破局的後禍を深く気付き行うべきことをそのまま行え」と題する声明を発表したと報じ、「南朝鮮当局は・・北の対南事業を総括する朝鮮労働党中央委員会第一副部長が警告した談話を慎重に解釈し、行うべきことを正しく行わなければならない」などの主張を紹介している。在中朝鮮人総連合会による呼応動向の紹介は昨日に続くものだが、在日朝鮮人総連合会はどうするのであろうか。

 以上のような報道振りからは、6月4日の金与正「談話」発表を受け、5日以降続いてきた強烈な宣伝攻勢にやや収束の傾向がうかがえる。

 ここで、北朝鮮のこのような動きが何故、この時期に始められたのかを改めて検討してみたい。脱北者の対北ビラ散布は従前から繰り返し行われており、それが契機になったとは考え難いからである。

 まず、韓国報道などで取りざたされているものとして、①膠着する対米交渉の打開に向けての刺激策、②米国に顧慮して対北交流に踏み出さない文政権への不満蓄積及び態度変容督促、③経済制裁に加えコロナ禍の影響による経済困難で拡大する住民の不満の矛先転換、などがある。

 しかし、これらは、いずれも説得力に欠ける。①については、トランプ政権は、このような行動には何ら痛痒を感じていない模様であり(それは予測できたこと)、今の文政権がトランプ政権に対して、このようなことがあったからといって泣きつけるような関係(影響力)を有していないことも明白である。

 ②については、北朝鮮には確かにそのような不満は存在するであろうが、総選挙での圧勝を背景に、南北交流に関し、これまでの対米追随姿勢から少しでも「自主性」を発揮しようという流れが顕著化しているこの時期になって、突如それを打ち出すというのは納得しがたい。しかも、今回の動きは、金与正「談話」発表直後に韓国側からそれに応じようとの反応が出たにもかかわらず、いわば「問答無用」的に「南朝鮮当局」非難を拡大させており、文政権の姿勢転換を目指したものとは考え難い。そのような姿勢には、韓国の左派系とされる「ハンギョレ新聞」でさえ社説で批判的な見解を示している。そもそも、金与正「談話」を発表と同時に「労働新聞」紙上に掲載した時点で、既に国内での「南朝鮮当局」非難キャンペーン展開を想定していたと考えられ、韓国との交渉的な要素は視野に入っていないようにみえる。

 ③については、そもそも、最近に至ってそれほど北朝鮮経済が悪化しているのか、あるいは住民の不満が拡大しているのか、という前提に疑問がもたれる。例えば、北朝鮮国内の市場における様々な物価及び北朝鮮ウォンの外貨との交換レートなどをみると、コロナ蔓延以前の1月下旬ころから最近に至るまで大きな変動は認められない(アジアプレス・ネットワークHPの物価動向による)。「不満」というのは主観的なものであるから断定的には言えないが、少なくとも、住民の消費生活に顕著な影響を及ぼすような混乱・問題は起きていないと考えるべきであろう。一方、先の政治局会議において「平壌市民の生活保障事業」への注力が審議・決定されたことは、そこに何らかの問題が生じている可能性をうかがわせるものであるはあるが、本ブログの別項記事でも論じたように、関連の記載からは何か切迫感が希薄な印象を拭えず、さほど深刻なものとは考え難い。また、仮にいくばくかの不満が存在するにせよ、今次「南朝鮮当局」非難キャンペーンがその解消にさほどの効果があるとも思えない。そのためであれば、むしろ、先日来の「滅私服務」とか「白頭山精神」などを深化させるような宣伝・教育活動の方がより効果的であろう。

 それでは、どう考えるべきかというと、先般来の主張の繰り返しであるが、国内(とりわけ韓国の動向などを知り得る幹部層など)における文政権(からの経済支援)への期待心理を払拭し、ひたすら「自力更生」に邁進させることを狙いとして、前述のとおり文政権の「交流拡大」提案が現実化しそうなこの時期に(例えば、「南北共同宣言20周年」を迎える6月15日などを目前にして)、今回のようなキャンペーンを開始したと考えれば、矛盾なく説明できるのではないだろうか。

 ここで更に憶測を逞しくして、一つの仮説を提起したい。それは、今回の動きの背景には、南北間の水面下での何らかの交渉があり、そこで北朝鮮の韓国との交渉担当部署が韓国側の提案(例えば、かねて提唱しているコロナ対策の支援)に対して「宥和的」な対応をし、それが金正恩の逆鱗に触れたというものである。金正恩がそのような「宥和的」対応の背景となっている、国内における前述のような対韓警戒心の弛緩に強い危機感を抱き、「敵はやはり敵」であることを徹底し、対南活動を「対敵事業」として実施するよう指示し、それを金与正が先頭に立って実行しているのが、今の状況ではないだろうか。韓国との通信線党遮断を決めた対南部門の「総括会議」という表現をはじめ、関連の記事・論説等には、そのような仮説に符合する表現が少なからず認められる(それだからと言って、直ちに証明にならないが)。そして、また、そのような活動への参画が金与正の存在感強化の効果をもたらすこともいうまでもない。