rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

2022年6月1日 会議を「執行」と「司会」の違いは?

 

 本日の「労働新聞」は、5月31日開催された最高人民会議常任委員会第20期第20回全員会議の開催状況を報じる記事を掲載し、その中で、崔竜海委員長が同会議を「司会した」と表現している。以前は「執行した」と表現されていたような記憶があったので、昨年来の同会議開催報道を改めて確認してみたところ、結果は、次のとおりであった(カッコ内は報道日。15回、17回については報道未確認)。

第20期第13回(3月4日):「執行した」

第20期第14回(5月2日):「執行した」

第20期第16回(8月26日):「執行した」

第20期第18回(12月15日):「司会した」

第20期第19回(1月30日):「執行した」

 今次開催の会議も含め、これら一連の会議は、いずれも常任委員会決定や各種法令の制定・改正などを採択するものであり、その内容・方法に特段の違いはないように見える。いずれの記事に添付された写真も、崔委員長が中央で起立し、周囲に着席した他のメンバーとともに挙手する、ほとんど同じ状況を写している。

 それにもかかわらず、崔委員長の会議運営に関し、あるときは、「司会」あるときは「執行」とされているのは何故であろうか。あるいは、記事からはうかがい知れない微細な手続き的な差があるのかもしれないが、より蓋然性の高い答えは、この場合、両者の間に実質的な意味の違いはなく、単なる表記の「揺れ」に過ぎないということであろう。少なくとも、崔委員長の同委員会における指導力が時に応じて変化し、それを反映して表現が変遷しているとは考えられない。

 このことは、党中央委員会全員会議ないし同政治局会議などの開催報道において、その時々で、金正恩の参画に関し、「指導」「司会」「執行」などの異なった表現が用いられることの意味を検討する上で、非常に有力なヒントとなりうるのではないだろうか。