rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

2月17日 書籍紹介:韓基範『北韓の経済改革と官僚政治』(図書出版北韓研究所、2019年7月

 

 今日の「労働新聞」は、昨日に続き金正日の追慕ないし各地の「光明星節」の様子などに関する記事が多く、関心をひかれる記事が見当たらなかったので、異例であるが、最近、ある方のご厚意で入手できた標記書籍を紹介したい。

 著者の韓基範氏(音訳)は、「前韓国国家情報院第1次長(北韓・海外担当)」で、現在は「北韓研究所碩座研究委員」である(同書の筆者略歴による)。

 著者が同書で目指したことは、北朝鮮とりわけ金正日及び金正恩時代における経済運営・管理方法の改革ないし改善をめぐる動きを題材に、米国政治学者のアリソンが名著『決定の本質』で示した「合理的行為者」「組織行動」「官僚政治」モデルを応用することによって、北朝鮮政治における「官僚政治」モデルの有効性を証明することにあると思われる。

 残念ながら私の語学力の限界もあり、約500ページの同書を厳密に読み通し、そのような企図が完全に成功しているか否かを評価することはできない。しかし、そういった理論的視角を離れたとしても、同書が提供する北朝鮮の「経済改革」をめぐる歴史的事実関係、とりわけ2000年代における「経済改革」を志向・推進する動きと、それを牽制しようとする動きのダイナミックなせめぎ合いについての豊富な内部資料や証言を駆使した叙述は、北朝鮮研究者にとって必読の価値があると断言できる。

 その骨子を簡略に紹介すると、2000年代における「経済改革」は、2000~01年における金正日の経済「改建」及び「実利」強調によって幕を開けた。それが01年の金正日の「10・3談話」を経て02年の「7・1」措置として開花し、さらに、03年9月に総理に就任した朴奉柱内閣の下で拡充された。しかし、05年ころから様々な副作用が生じたこともあり、党からの掣肘・牽制が徐々に強まり、朴総理は07年4月解任された。そして、党主導の下で同年10月ころからは市場統制強化などの動きが顕著化し、09年11月には、市場経済の圧殺を企図した「貨幣改革」が断行され、改革の動きは頓挫した(ただし、同措置は失敗に終わり、翌10年、それを主動した党書記・朴南基は処刑された)、というものである。

 また、金正恩時代については、2011年の権力継承直後には「改革」に積極姿勢を示して研究を促し、12~13年には様々な市場経済的措置を導入、14年の「5・30」談話で、それら措置を社会主義の枠内で運営するとの原則的立場を明らかにしたとされる。

 本書の最大の価値は、前述のとおり、以上のような経緯に関して、おそらく従前未公開であったと思われるものも含めた豊富な内部資料等に基づいて、金正日金正恩、内閣、党などの各プレイヤーそれぞれの動向を詳細・実証的に明らかにしていることである。もちろん、一部の「証言」については、首をかしげざるをえないもの、なお検証を要するものなども含まれているように思われるが、それが本書の以上のような価値を基本的に毀損するものではないと考える。

 大部な書籍であるので全文は困難かもしれないが、ダイジェスト版だけでも翻訳出版されることを強く期待したい。