rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

3月25日 「本当に信じることのできる戦争抑止力」の意味すること(3・24記事に加筆)

 

 22日の本ブログにおいて、北朝鮮の新型ミサイル発射に関連し、金正恩が新たに開発・配備されつつある武器体系を「本当に信じることのできる戦争抑止力」と述べたと報じられたことなどを捉えて、それら武器体系を「核兵器に代替する抑止力」とする意思を示したものとの見方を示した。これは、非常に重要な問題であるので、その趣旨を少しく敷衍しておきたい。

 そのような見方の最大の根拠は、核兵器が「本当に信じることのできる戦争抑止力」ではないと考えるからである。厳密に言えば、核兵器よりも、現在開発中の武器体系の方が、一層効果的に北朝鮮に対する軍事攻撃を抑止する効果を発揮しうると考えられるということである。

 具体的な状況を想定して説明したい。例えば、北朝鮮が米国太平洋岸付近に到達する長距離ミサイルの試射を敢行し、それに怒ったトランプ大統領が、同ミサイル発射基地に対する巡航ミサイル攻撃などの限定的軍事報復(いわゆる「鼻血作戦))を検討するとする(ここでは、その国際法上の合法性などは問わない)。

 その場合、米国は、そのような米国の攻撃に対する北朝鮮からの報復手段として、「核兵器使用」を現実的なものとして検討するだろうか。常識的に考えれば、そこまではやらないだろうということになる。それをやれば、米国からの強力な核攻撃を招くことは必至であり、体制崩壊も免れない、と考えられるからである。要するに、北朝鮮の立場からするなら、核兵器保有していても、ある種の武力攻撃を抑止する効果は期待できないのである。

 しかし、北朝鮮が現在開発中の武器体系を更に洗練した形で装備・実戦化している状況を想定した場合、それら武器を用いた在韓米軍基地への限定的報復攻撃という選択肢は、それほど容易に却下できないと考えられる。米国としては、それに対して更なる規模の反撃を加えることも可能ではあるが、少なくとも、そうしたエスカレーションの現実的可能性についての検討を抜きに、自国の側からの一方的な攻撃で終わるという前提の下、いわば安易に北朝鮮に対する攻撃を行うことはできないことになる。その結果、米国側の気まぐれ的な、あるいは国内の人気取り的な動機に基づく攻撃は、おそらく回避できると考えられる。そのような大規模紛争を招けば国内から批判が高まることが予想できるからである。要するに、それら武器体系は、使用の敷居が低いだけに、核兵器よりも一層効果的な抑止力を発揮できるということである。

 もちろん、核兵器には、より大規模な侵攻などに対する抑止力が存在することは否定できない。しかし、今後、仮に韓国にいかに保守的な政権が成立したとしても、「祖国統一」を目指して北進攻撃を開始する、といったことは想像さえできないのが現状であろう。将来、相当の蓋然性を持って語られる「朝鮮半島有事」のシナリオがあるとすれば、それは、やはり前述のような限定的な軍事力の使用であろう。そして、繰り返しになるが、北朝鮮の立場に立てば、それをより効果的に抑止し得るのは、核兵器ではなく、まさに今、開発・配備に余念のない武器体系ということになる。22日のブログで引用した金正恩の言葉は、そのような軍事的打算を踏まえ、抑止力の根拠を核兵器から新型武器体系に転換させる方針を反映したものと考える。

以下、3月25日加筆

 以上の分析、すなわち金正恩は「非核化」に向けた準備を進めているとの見方が正しいとして、では、それがgood newsかと言えば、必ずしもそうとは言えない。

 核兵器の危険性にだけ着目して、ひたすら「非核化」を追求しようとする人々にとっては、そうであるかもしれないが、客観的に同国が周辺に及ぼし得る様々な脅威がどうなるかという視点からみれば、むしろ、現在よりも状況が悪化するおそれさえある。

 そのことは、前述の想定事例に立ち戻って考えれば、分かりやすいであろう。北朝鮮が従前の核兵器に依存した「抑止力」を持ってしては、米国からの限定的軍事攻撃(鼻血作戦)を有効に抑止しえないとすれば、それを誘発しかねない挑発的行為(前掲の例では、米国太平洋岸付近へのミサイル発射)の実行は、相当躊躇せざるをえないことになる。しかし、新たに保有した、韓国内米軍基地への限定的かつ有効なミサイル攻撃力などによって、米国からの限定的軍事攻撃を抑止し得ると確信すれば、それを懸念することなく、(軽微なものであれば)挑発的行為の実行を決断し得ることになる。

 要するに、北朝鮮は、「敷居」の低い抑止手段を保有することによって、取り得る選択肢の幅を広げることができるのである。北朝鮮のような目的のためには手段を選ばない、といった体質の国がそのような選択肢を持つとすれば、それこそが真に懸念すべきことではないだろうか。

 更に、考え得る最悪のシナリオとしては、金正恩が以上のような計算の下で「非核化」を準備したにもかかわらず、それを理解できない米国が適切な交渉を展開できず、結局、「非核化」交渉を成就させることができなければ、北朝鮮は、核兵器と新型武器体系の両方を保有することになる。朝鮮語に「虎に翼」という表現(日本語の「鬼に金棒」)があるそうだが、そのような状況は、まさに北朝鮮が「虎に翼」状態になることを意味するのではないだろうか。そうなった北朝鮮にいかに対応すべきか、今から検討しておく必要があろう。