rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

11月10日 北朝鮮の今後の対米政策予測(特に、当面の「冒険的行動」の可能性について)

 

 本稿は、11月6日の本ブログを承けて、北朝鮮のバイデン政権発足に向けた対米政策を検討するものである。

 本論に入る前に、6日付けブログで論じたトランプ政権の対米交渉失敗の原因(A説=そもそも北朝鮮に「非核化」の意思がなかった。B説=北朝鮮「非核化」の可能性はあったが、交渉不充分で具体化に至らず)についての私個人の認識を示すと、B説が正しいと考えている。ただし、そこでいう「非核化」とは、いわゆるCVID論に代表されるような一方的かつ徹底した非核化ではなく、段階的・相互的な、そしてある意味で象徴的な「非核化」である。トランプ政権の今次交渉は、以上のような点をめぐり、どのような「非核化」を目指すのか内部の議論が尽くされておらず、それをめぐって動揺していたために、北朝鮮に要求すべき適切な方案を見いだせず、また北朝鮮との信頼関係も構築できず、成果のないままに終わることになったと考える。そして、そのような交渉から北朝鮮が得た教訓は、米側の思惑をしっかり見極めた上でなければ、交渉の成果は期待できないということではないだろうか。

 以上のような見方が正しいとすれば、今後の北朝鮮の対米政策は、まず、バイデン政権にそのような意味での「非核化」を受け入れる余地があるか否かを見極めることから始まると考えられる。そして、その点を予測するに際して、北朝鮮にとっての肯定的要素は、バイデンが(自分が大統領になった場合における)金正恩との首脳会談の前提条件として、「(北朝鮮の)核兵器の削減」に言及していることであろう。このような発言は、直ちに、前述のような北朝鮮が意図する「非核化」の受け入れを意味するものではないにせよ、少なくとも「核兵器削減」というステージを含む段階的な進展を肯定的なものとして許容する意向を示したものと解釈することができるからである。一方、金正恩を「悪党」と称したことは、不快な事実であろうが、交渉における実質的主張と直接関係するものではない。トランプも、かつては、金正恩を「ミサイル・マン」と称していたことを想起すべきであろう。

 もちろん、現時点でバイデン新政権の対北朝鮮政策ないしはその「非核化」に向けた交渉戦略がどのようなものであるかは、政権の陣容さえ定まっていない中、白紙状態としか言えないであろうが、少なくとも、北朝鮮にとって、その具体化を待つ価値はあるのではないだろうか。

 当面、トランプ政権の末期からバイデン政権が本格的に始動するまでに数か月間において、北朝鮮がどのような行動をとるのか、とりわけ、長距離ミサイル発射などの冒険的行動に出る可能性が注目されているが、その可能性は低いと考える(ただし、ミサイル発射型潜水艦の就航ないし同潜水艦からの距離を制限したミサイル発射実験などは、ここでいう冒険的行動に含めない。それらは、技術的問題さえ整えば、いつでも起こり得る事象であろう)。

 そのような判断の根拠は、まず、北朝鮮が前述のような理由から、バイデン政権との(北朝鮮にとって)建設的な「非核化」交渉の可能性に対する期待を持っていると考えられることである。そのような可能性が若干なりとも存在すると認識しているとすれば、政権発足に際し、敢えて自ら挑発的な行動をとって、北朝鮮に対する敵対的印象を植え付けることを賢明とは考えないであろう。

 また、前述の点と関連するが、北朝鮮にとってトランプ政権との交渉は、結果的に成果を得られなかったとは言え、世界の超大国を相手に交渉を展開することで、自らの国際的な威信を大いに向上させたものとして評価しているであろうし、特に、シンガポールでの米朝共同声明は、今後、前述のような北朝鮮の欲する方向での「非核化」を進める上での基礎となりうるものであろう。したがって、そのような米朝交渉の枠組みを自ら進んで破壊するような行動は、自分の足元を掘り崩すものとなろう。

 次の理由は、既に「強力な戦争抑止力の保有」を宣言している北朝鮮にとって、長距離ミサイル発射などの行動の価値が相対的に低下していると考えられることである。政治的な視点からすると、内外に対する核戦力の誇示は、10月10日の閲兵式における2種の新型戦略ミサイルの登場によって果たし終えたと考えられる。今後更に、その発射実験に成功すれば、錦上花を添えることになるであろうが、その効果は付加的なものであり、絶対的な意味を持つものではない。もちろん、技術的には、試射に成功して初めて開発完了といえるとの論法も可能であろうが、核戦力がそもそも政治的な存在であるとすれば、政治的意義(内外に与える印象)が優先されるのではないだろうか。

 最後の根拠として、北朝鮮にとって、とりわけ対米交渉を急ぐ必要がないことをあげることができる。北朝鮮にとって経済制裁はもとより経済建設を進める上での深刻な負担・障害ではあろうが、北朝鮮は、既にその存在を与件とし、それを「災い転じて福となす」ことを目指した「自力更生」路線を推進中である。その成果は、必ずしも順調とはいえないにせよ、少なくとも当面の体制の持続可能性が危ぶまれるほど絶望的なものでもない。北朝鮮指導部がそのような路線を持久的に継続する覚悟を決めているのは間違いないであろう。

 結論として、北朝鮮としては、当面、国内で「自力更生」に基づく経済建設に力量を集中しつつ、無用の(あるいはさほどの価値のない)冒険的行動によって米国内の対北朝鮮認識をはじめとする国際環境をこれ以上悪化させる道は避け、バイデン新政権の出方を慎重に見極めていく公算が高いと考える。