rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

4月21日 「金正恩健康異変」説をめぐって

 

 標記については、4月15日の金日成誕生記念日に錦繍山太陽宮殿を訪問しなかったことを契機にささやかれていたところ、21日、米国CNNが米国当局者を情報源とした形で「手術を受けた後、重体に陥った」旨の報道をしたことから、国際的な関心事になっているようである。

 韓国政府は、公式的には「特異動向なし」として、否定的な見方を示し、なかには「地方で活動中」などの情報を漏らして「異変」説を否定する「当局者」もいるようだ(聯合通信記事)。他方、国会の外交統一委員会委員長は、北朝鮮情報に精通した筋からの話として「手術を受けたのは事実、何かが起きている」旨の発言をしているらしい(同)。

 確かに金正恩金日成の誕生日に錦繍山太陽宮殿を訪問しないというのは執権以来前例のないことのようで、現在の状況では、健康不良以外に理由は考えにくいようにも思える。また、国内に「特異動向がない」ということが金正恩に異変がないこととイコールとも言い切れない。最高指導者の健康状態は国内でも秘中の秘であろうから、人民軍を含む多くの機関では、仮にそのようことが生じているとしても、そもそもそれを知らされることなく通常の態勢を続けている可能性がむしろ高いであろう。

 他方、韓国はもとより米国といえども、本当にそのような情報を把握できるほどの能力を有しているのか甚だ疑問と言わざるを得ない。例えば、先の最高人民会議の開催期日が2日延期されたことについても、北朝鮮の公式報道がなされるまで、韓国では何らの事前情報も報じられていない。全国から数百人の代議員を集める行事について直近まで情報が得られないとするなら、どうして金正恩の健康状態についての情報が得られるのだろうか。そういったことを勘案すると、北朝鮮の内部事情については、「当局者」を情報源とした報道も余り鵜呑みにしないほうが無難であろう。

 また、「疑惑」の最大の根拠となっている錦繍山太陽宮殿不訪問も、金日成誕生日については前例のないことであったとしても、他の様々な記念日などについて考えると、訪問したこともあり、訪問しなかったこともあり、というケースもあったように思う(直ちに具体例をあげることはできないが)。

 結局のところ、現時点では、「健康異変」説についてなんとも評価できないのが実情である。ただし、この際、これを契機に金正恩に「万一」があった場合のことを想定し、それにいかに対応すべきかを研究しておくことは、必要かつ有用なことと考える。

 とりわけ、このたびの情報の真偽は別として、金正恩の健康リスクは、決して低くないと考えられる。その要因としては、肥満・喫煙に加えて、政治的なストレスの高さ、積極的かつ几帳面な性格(いわゆるAタイプ)、遺伝(父母共に比較的若くして病死)などを挙げることができよう。

 その際、重要なことは、独裁者の退場イコール民主化の実現という安易な希望的観測を持たないことである。その方向に進む可能性は否定できないにせよ、それは自動的にではないであろう。むしろ、現状よりも望ましからぬ状況に進む契機となる可能性も決して否定できないのである。それは、例えば、カダフィー亡き後のリビアフセイン亡き後のイラクを考えれば想像できよう(もちろん、これらの国と北朝鮮の置かれた条件はまったく異なるので、単純な類推はできないが)。

 なお、蛇足ながらそれに関連して付言しておきたいのは、米国の対北朝鮮軍事オプションの一つとして取り上げられる「金正恩除去(殺害)」作戦の妥当性及び現実性である。その技術的可能性及び法的正当性はさておき(可能かつ合法であるとしても)、その「成功」の後に何がもたらされるのであろうか。

 前述のとおり健康理由による「万一」であっても、その後の状況は不確実なものにならざるを得ないとすれば、軍事行動によってそれが引きおこされた後の状況は、決して楽観できないものであろう。彼が核ミサイルの発射といった危険な作戦を発動しているというような状況であればともかく、非核化交渉が決裂した程度でそれを実行するというのは、どう考えても賢明な選択肢と思えず、それを米国が採用するとは到底考えられないのである。それは、常識的に考えれば誰でもが至る結論と思うが、それにもかかわらず、それがしばしばマスコミをにぎわすのはなぜであろうか。