rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

2021年9月29日 「国防科学院、新たに開発した極超音速ミサイル『火星―8』型の試験発射を実施」

 

 本日の「労働新聞」は、「9月28日午前(韓国報道では午前6時40分頃)、慈江道龍林郡度養里(音訳)」において標記のミサイル発射を行ったことを報じる朝鮮中央通信記事を掲載した。同記事による同発射の概要は、次のとおりである。

参観者:朴正天党秘書と国防科学部門の指導幹部

開発経緯:「国防科学発展及び武器体系開発5か年計画の戦略武器部門最優先5大課題」の一つとして、「党中央の特別の関心の中、最重大事業」として推進。今回が初発射

試射結果:①「能動区間においてミサイルの飛行操縦性と安定性を確証」、②「分離された極超音速滑空飛行戦闘部の誘導機動性と滑空飛行特性をはじめとした技術的指標を確証」、③「初導入のアンプル化されたミサイル燃料系統と発動機の安全性を確証」、

総評:「目的としたすべての技術的指標が設計上の要求に満足(適合)」

朴正天発言内容:「極超音速ミサイル開発と実戦配備の戦略的重要性」及び「すべてのミサイル燃料系統のアンプル化が持つ軍事的意義」に言及

 同報道からは、今次発射が、先日の本ブログで指摘したような政治外交的意味を持つだけでなく、軍事技術的側面においても「極超音速ミサイル」という新型兵器の開発と「アンプル化されたミサイル燃料体系」の導入という二つの面で画期的な意義を持つものであることがうかがえる。なお、後者については、朴正天の発言から他のミサイルにも導入の方針がうかがえる。

 ただ、極超音速ミサイルについては、今回が初発射ということでもあり、実戦配備までには、今後更なる試射などを行う必要があるのではないだろうか。

 この時期、先の巡航ミサイル試射及び鉄道機動ミサイル連隊の訓練発射に続けて今次試射と矢継ぎ早にミサイルを発射したのは、兵器開発上の必要性に加えて、政治外交的狙いが相当込められているとみるべきであろう。

 その狙いについて、巷間では、経済支援獲得や経済制裁緩和などとする見方が強いが、そうした外部からの物資導入は、本ブログでかねて紹介してきた「自力更生」の取り組みを無にするおそれをはらむものである。また、北朝鮮経済の状況は、順調とはいえないまでも、そうした論者が考えているほど切迫したものではないといえる。最近、街路・工場などの庭園化の取り組みが奨励されていることなども一定の「余裕」がうかがわれる。そうした経済的狙いが優先的なものになっているとは考え難いのである。

 むしろ、重要視しているのは、膠着している対米関係の打開であり、今次ミサイル発射を含む最近の一連の動向の直接的狙いは、韓国をしてバイデン政権に対北朝鮮交渉姿勢の転換を促すことにあるのではないだろうか。北朝鮮にとって幸いなことに、バイデン政権は対北朝鮮政策に関し、韓国・日本などとの緊密な連携を軸としている。そういう意味で、北朝鮮が米国を動かす梃子として韓国を利用する余地はあるといえよう。文大統領自身、終戦宣言提案について米朝交渉の議題を「非核化」一本ではなく、「米朝関係正常化」とのツートラックにするための起点とすることを目指したものであった旨述べている(韓国『ハンギョレ新聞』9月25日付け社説)。こうした交渉姿勢への転換こそ、まさに北朝鮮の切望するところであろう。

 今後は、そうした狙いの下、文政権を刺激し(本気にさせ)、また対米説得材料を与えることを目指して、28日のミサイル発射に対する文政権の慎重な反応(「挑発」との表現を回避など)を敢えて肯定的なものとみなし、それを名目に何らかの措置(例えば南北通信線の復旧など)を講じて「南北関係改善」を演出する可能性もあるのではないだろうか。

 逆に言えば、文大統領もそのような筋書きを承知の上で、今次ミサイル発射への対応を総合的・慎重に分析研究するよう指示したのであろう。

 タイミング的には、韓国与党の次期大統領候補者選定で大勢が決すれば(とりわけ文大統領と距離感のある李在明となれば)、現政権の求心力低下(レイムダック化)は避けがたいであろう。したがって、今が文政権にとって南北関係改善を実現する事実上最後のチャンスと考えられるが、そのことは同時に、北朝鮮にとっても、今が文政権を利用できる最後のチャンスということになる。そういう意味で、朝鮮半島情勢は、現在、非常に死活的な局面にあると考える。