rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

2022年2月11日 コロナ渦が北朝鮮経済に及ぼした影響について

 

 標記について、我が国あるいは韓国などでの評価が自国の状況をそのまま投射(あるいは、それよりも一層深刻であろうと推測)したために過大なものになっているのではいかとの印象をかねて抱いていた。今般、経済学者の言説でそれを裏付ける(と思われる)ものを見つけたので、紹介したい。

 それは、中央文庫で最近刊行された小野善康『資本主義の方程式』という本の内容で、そこでは、モノが足りない「成長経済」の状態(時代)とモノが充足している「成熟経済」の状態において、経済成長のメカニズムが根本的に変化する、具体的には、前者では、生産能力が生産水準を決めるが、後者では、総需要が生産水準を決める、としている。

  そして、経済危機のインパクトについても、供給(生産能力)にダメージを与えるものと需要にダメージを与えるものとを区別した上で、それぞれが両者には異なる影響を及ぼすとしている。例えば、自然災害で生産施設が破壊されたりした場合は、成長経済においては、深刻な成長阻害要因となるが、成熟経済においては、もともとあった遊休生産力の稼働を促すことによって、ダメージは一時的なものにとどまるという。逆に、コロナ蔓延のような状況で、人々の行動が制限され消費が抑制されるような場合には、総需要が抑制される結果、成熟経済では成長が直接的に抑制されざるをえないという。この場合は、本書では直接言及していないが、成長経済が受けるダメージは限定的ということになろう。

 北朝鮮が以上のような意味で、「成長経済」の状態にあることは言うまでもない。したがって、コロナ渦の影響により、人々の「不急不要の消費活動」(例えば娯楽、観光、外食など)が大幅に低下したからといって、経済成長に直接的なダメージが及ぶことはない。一方、生産活動(工場での就労など)への影響については、現実に感染が発生していないので(極めて初期の段階での予防的な措置を除いては)隔離・欠勤などは起きず、マスク着用などの軽微な負担を除けば、平常通りに稼働しているとみられる。強いて言えば、海外からの観光客からの収入減少があるが、経済全体に占める比率はまだまだ小さかったと考えられる。

 以上がまさにコロナの影響を我が国(あるいは韓国)の基準で評価すべきでないことの基本的論理である。

 なお、北朝鮮でコロナの影響により現に起きている最大の問題は、貿易活動の中断であるが、これは、不可避の結果というよりは、ある意味、当局の選択の結果ともいえるし、もともと国連の経済制裁措置により大きく制約を受けていたところである。むしろ、北朝鮮指導部としては、防疫を名目に、かねて批判してきた国内の「輸入病」を払拭し、「自力更生」を徹底して推進するため、敢えて「背水の陣」を敷いたとも考えられる。また、国内の民心を考えても、経済制裁の結果、貿易ができないということであれば、それを導いた核・ミサイル開発推進(これは金正恩の最大の「業績」とされているところ)の妥当性に対する懐疑を生みかねないが、「人民の生命・健康を守るための措置」ということであれば、現に国外でコロナ蔓延が加速している中、納得も得やすいのではないだろうか。更に、経済的にどうしても耐え難い状況になれば、既に起きているように、任意の時期にそれを再開することも可能であり、それは、いわば、統御可能な問題といえよう。このほか、貴重な外貨収入源と目されてきた国外への労働者送り出しができなくなった点もあるが、これも、もともと国連経済制裁による中断が予見されていたものである。

 こうして見ると、コロナ渦の北朝鮮経済に及ぼすダメージは限定的なものであり、過大に評価すべきものではないと考える。一時、「経済制裁、コロナ渦、自然災害の3重苦」などとの表現が盛んに用いられたが、洪水・台風被害が深刻であった2000年においてはともかく、いつまでも使用可能な表現ではないと思われる。自然災害についても、昨年来、河川整備などの防止対策を国を挙げる形で強力に推進している。

 もちろん、北朝鮮の公式言説において、「未曽有の困難」といった表現が多用されているのは承知しているが、それには、人々に奮起を促す鼓舞・激励のメッセージとすることやそうした状況下での成果を一層「偉大なもの」と自賛するための根拠造りなどの狙いも込められていると考えるべきではないだろうか。「苦難の行軍」時代の状況を想起すれば、現在が「未曽有の困難」にあるというのが修辞に過ぎないことは明白であり、それを根拠に北朝鮮経済危機説を唱えるのは余りにナイーブな(あるいはためにする)主張と言わざるを得ないであろう。