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主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

2023年8月31日 金正恩の「全軍指揮訓練」視察及び「戦術核打撃訓練」の実施を報道

 

 本日の「労働新聞」は、金正恩が8月29日、総参謀部訓練指揮所を訪問、同所で同日開始された「全軍指揮訓練の執行状況を了解」したことを報じる記事を掲載した。同記事の骨子は、次のとおりである。

  • 同行・迎接者:「元帥朴正天同志、国防相大将強純男同志が同行」、「総参謀長と偵察総局長が迎接」
  • 訓練概要:「総参謀部は、米国と『大韓民国』軍部やくざが・・大規模連合訓練を繰り広げた状況に対応して、8月29日から全軍指揮訓練を組織し、各級大連合部隊、連合部隊の指揮官、参謀部の作戦組織と指揮能力を判定、検閲している」、「訓練は、全軍の全ての指揮官、参謀部が戦時体制移転時の行動秩序に熟練し、作戦戦闘組織と指揮能力をより高め、作戦計画の現実性を確定することによって、徹底的な戦争準備態勢と軍事的対応能力を抜かりなく整えるのに目的」
  • 金正恩「了解、検討」事項:「敵の不意の武力侵攻を撃退し、全面的な反攻へ移行して南半部の全領土を占領することに総体的目標を置いた演習参謀部の企図と、それを貫徹するための各級大連合部隊、連合部隊参謀部の作戦計画戦闘文書を了解」、「有事の際、戦線および戦略予備砲兵利用計画と敵背戦線形成計画、海外武力介入破綻計画など総参謀部の実際的な作戦計画文書を具体的に検討」
  • 金正恩指示事項:「作戦初期に敵の戦争潜在力と敵軍の戦争指揮求心点に甚大な打撃を加え、指揮通信手段を盲目にして初期から気をくじき、戦闘行動に混乱を与え、敵の戦争遂行意志と能力を麻痺させることに最大の注目を払うことについて強調」、「敵の中枢的な軍事指揮拠点と軍港と作戦飛行場などの重要軍事対象物、社会政治的・経済的混乱事態を連発させ得る核心要素に対する同時多発的な超強度打撃を加え、多様な打撃手段による絶え間ない掃蕩戦と戦線攻撃作戦、敵後方での背後撹乱作戦を複合的に有機的に配合適用して、戦略的主導権を確固と握る問題、特に敵のいかなる反作用からも打撃手段を徹底的に保存するための対策を徹底して立てる問題、作戦指揮体系と火力指揮通信方式を全面更新する問題など、今後の作戦組織と指揮、戦争の準備において人民軍隊が堅持すべき全面的な課題と原則的要求と方途を具体的に示された」
  • 演習参加指揮官の反響:「金正恩同志が命令だけ下せば・・南半部全領土を平定する滅敵の意志」を沸かせている

 同演習は、おそらく、党中央軍事委第8期第7回拡大会議(8月9日)において決定されたとされる「朝鮮半島地域の平和と安定を破壊する情勢悪化の主犯どもの軍事的蠢動を分析し、徹底して牽制するための攻勢的な軍事的対応案」の一つであろう。

 同演習に関し最も注目されるのは、それが単なる敵の攻撃に対する防衛にとどまらず、それを契機として、「南半部全領土の占領」を目指すことが明示されていることである。また、そのための具体的な方策として、「重要軍事対象物」にとどまらず、「社会政治的・経済的混乱事態を連発させ得る核心要素に対する同時多発的な超強度打撃」や「敵後方での背後撹乱作戦」、更には、日本などを念頭に置いたと見られる「海外武力介入破綻計画」などの作戦構想を包括的に示していることも注目される。迎接者として総参謀長と並んで偵察総局長の名前が上げられているのは、そうした作戦構想の重要な構成要素として、敵後方(日本も含まれている可能性)における特殊部隊の活動が位置づけられていることの反映であろう。

 こうした攻勢的な構想を敢えて誇示したのは、今日まで実施されてきた米韓の合同軍事演習において、北朝鮮への進撃というシナリオが新たに加えられたとされることに対抗したものとも言えるが、同時に、北朝鮮論調において、先般来「祖国統一聖戦」「領土完整」などの表現が散見されるようになっていた(金正恩自身も27日の海軍司令部での祝賀演説で「祖国統一を成就するための革命戦争準備」を訴えていた)こととも符合するものであり、米韓の行動に対する一時的な対抗宣伝の枠を超えた、より基本的な路線を反映したものと考えるべきかもしれない。鍵カッコ付きながら『大韓民国』の表現を多用する一方でのこうした現象の意味については、慎重に検討する必要があろう。

 上記記事と同時に本日の「労働新聞」は、8月30日に「戦術核打撃訓練」を実施したことを報じる「朝鮮人民軍総参謀部報道」(同日付け)も掲載した。同「報道」の骨子は、次のとおりである。

  • 米韓の動向:「8月30日、米帝は、核戦略爆撃機『B1-B』編隊を朝鮮東海と西海上空に引き込み『大韓民国』軍事やくざの戦闘機とともに・・連合攻撃編隊訓練を敢行した。・・これは、我々に対する核先制打撃を既定事実化し実行に移していること世界に公開したことにほかならない」
  • 「訓練」概要:「これに対処して、朝鮮人民軍は、30日夜、『大韓民国』軍事やくざの重要指揮拠点と作戦飛行場を焦土化してしまうことを仮想した戦術核打撃訓練を実施した」、「西部地区戦術核運用部隊が・・平壌国際飛行場から北東方向に戦術弾道ミサイル2発を発射し、目標島上空の設定高度400mにおいて空中爆発させ、核打撃任務を正確に遂行した」
  • 「訓練」目的:「このたびの訓練は・・敵にはっきりとした信号を送り、断固たる膺懲意志と実際的な報復能力を明白に再認識させることに目的があった」

  ※ 韓国軍は31日、北朝鮮が30日午後11時40分から50分まで、順安付近から短距離弾道ミサイル2発を発射、360㎞を飛翔して東(日本)海に着弾したと発表。

 前掲の「全軍指揮訓練」とこの「戦術核打撃訓練」との関係は、明らかにされていないが、まったく無関係ではないであろう。いずれにせよ、「全軍指揮訓練」は、いまだ継続されている可能性もあり、今しばらくの間、北朝鮮の軍事動向には注視が必要であろう。