rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

2024年1月26日 「地方発展20×10政策」のモデル・金化郡の地方工業工場(1月27日加筆版)

 

 最近の「労働新聞」は、連日のように標記政策を大々的に取り上げ、その称揚に努めており、本日も第1面を費やして、「雄大な綱領、巨創な革命」と題する長文の評論及び「(金正恩の)綱領的結論に触れた各界の反響」を報じる記事を掲載した。このうち前者の評論では、同政策を「どんな社会主義執権党も策定、実行できない最も革命的で人民的で独創的な政策である」として、その独自性を強調している。

 そこで、この際、同政策がモデルとする金化郡の「地方工業工場」とはいかなるものかを改めて整理しておきたい。

 それは、金化郡山中の川に面した地区に工場団地のように建設された食料品工場、被服工場、日用品工場、製紙工場からなり、2022年6月21日に金徳訓総理ら出席の下、竣工式が行われた。言うまでもないことかもしれないが、喧伝されるそれら工場の製品は、ニュース報道などで見る限り、味噌・醤油と言ったたぐいのもので、日本や韓国の水準に比すれば、実に「初歩的」と言わざるを得ないものである。

 なお、金化郡は、江原道の軍事境界線隣接地帯に位置しており、朝鮮戦争時代の激戦地である。そうした点から、同郡が地方工業のモデル地区として選定されたのには、対韓宣伝的な要素も含まれていたとも考えられる。2022年6月21日に行われた竣工式での演説には、そうした点への言及もあった。

 ただし、完成後には、そうした意味合いが強調されることはほとんどなく、竣工後間もなく、同地区を「社会主義の全面的発展」路線に基づく全国の地方工業現代化のモデルとして位置づける宣伝が開始された。同8月3日付け「労働新聞」は、「金化郡を模範に全国の地方工業工場を現代化しよう」と題する社説及び関連記事を掲載し、その普及を訴えている。

 また、そのための具体的な取り組みもそれなりに進められていた模様であり、例えば、翌年の22年12月3日には、次のような報道も伝えられていた(ニュースリリース北朝鮮 Live!より)

「食料工業省のリ・ヒョンファ部員から話を聞いた。

 江原道金化郡の地方工業工場の現代化を行い、その経験を全国各地に拡大する事業が推進されている。

 各部門の能力ある幹部を含めた中央推進委員会が組織され、ここが全国の工業工場のリニューアル・現代化事業を統一的に指揮している。各道や市、郡の実務幹部が2022年9月まで金化郡の地方工業工場を参観、講習に参加している。

 一方、金化郡の工業工場の技術課題、工程、設備設計が作成され、全国の道、市、郡に普及されている。これらを参考にし、現代的な製品生産工程が計画されるようになった。」

 こうした取り組みの延長線上において、昨年12月末に開催の党中央委第8期第9回全員会議での「決定書」では、「開城市の市内地区と載寧郡、燕灘郡、雩時郡にだけ地方工業工場を金化郡の地方工業工場の水準で建設することにし、残りの市、郡は今後建設する準備を進める」こととされていた(最高人民会議での施政演説)。

 しかし、金正恩は、そうした取り組みを「消極的」と批判し、「地方発展20×10政策」を提起するに至ったわけである。

 ただ、各種消費物資の生産・供給の増大・安定という目標に鑑みて、平均すると人口規模が約12~3万人程度の市・郡ごとに、そうした工場群を1セットづつ建設するという同政策が本当に合理的・効率的なものであるのかについては、疑問を禁じ得ない。

 なぜなら、同政策は、地方ごとに零細な味噌・醤油製造業者などが分立していた伝統社会と変わらない産業形態を前提としつつ、それを全国ブランドの大量生産製品で代替するのではなく、地場の製造業者の生産施設を近代化することによって、製品の増産・質の向上を図ろうとするものと事実上変わらないからである。そこには、最近はやりのSDGsとか「地方創成」いった側面でそれなりの良さもあるかもしれないが、そうした「贅沢」を言う前提となる、人々の需要を十分に満たす廉価・大量の生産は実現できないのではないだろうか。そういう意味で、確かに同政策は、他国には見られない「独創的」なものといえよう。

以下1月27日加筆

 「地方発展20×10政策」の称揚が止まらない。

 1月27日付け「労働新聞」は、「地方発展のための新たな革命は開始された」と題する社説を掲載し、先の政治局会第会議における同政策策定によって、「今まで存在してきた地方の世紀的な落伍性に終止符を打ち、地方人民の宿望を解決(する)・・ためのもう一つの革命段階が確定され、その荘厳な闘争が開始された」として、同政策の意義を力説している。

 また、同会議において、「我が党は・・現代的な地方工業工場を建設するのに必要な資金、資材、労力を円満に保障することについての実務的措置(複数)を具体的に講じた」とも主張している。これまでのところ、そうした「措置」の具体的内容はまったく明らかにされていないが(強いて言えば、「労力」として、人民軍部隊を動員することは示されているが)、中央がどの程度まで面倒を見てくれるのか、いずれ明らかになるであろう。

 さて、「地方発展20×10政策」の問題点について、前述の点に加えもう一つ追加したい。それは、「5か年計画」との関係である。改めて言うまでもないが、今年は、同計画の4年目に当たる年であり、昨年末の党中央委第9回全員会議でも、今年の基本目標を5カ年計画遂行の明白な実践的担保」の確保と定めていた。そうした中で、新たに今年から10年と言う枠組みで、新たな重大目標を設定し、それを何としてでも実現しようとするなら、従前の計画はどうなるのであろうか。それは、それで従前の計画どおり推進するということが現実的に可能なのであろうか。金正恩にそれを問えば、「できる、できないではなく、やらなければならないのだ」と答えるのかもしれないが、私は、非常に懐疑的にならざるをえない。

 昔話であるが(歳がばれる!)、第2次7カ年計画(1978~84年)の計画期間中である1980年に「80年代中に達成すべき」として「10大展望目標」を打ち出した結果、「7カ年計画」を事実上2年延長(第3次7カ年計画は87年から開始)せざるをえなくなったことが想起される。韓国野党党首は、金正恩金日成金正日の業績を無にするなかれといった趣旨の発言をして批判を浴びているらしいが、私としては、むしろ「金日成金正日の轍を踏むことなかれ」と言いたい。