rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

10月14日 北朝鮮にとっての核戦力の効用(草稿)~その2

 

昨日の続きです。

 

3 核戦力の限定的使用の可能性

 本項では、前項での北朝鮮核戦力の持つ抑止力の限界に関する検討を補うために、北朝鮮による核兵器の限定的使用の可能性について検討したい。何故なら、上記(2)で述べたこと(北朝鮮の核戦力は限定的軍事攻撃を抑止できない)は、北朝鮮にとって限定的な核使用という選択肢が可能な状況では、成立しないと考えられるからである。

 結論を先に述べると、米国を相手にしている限り、北朝鮮にとって、そのような選択肢は事実上存在しない。米国は、上記(1)のとおり北朝鮮の核戦力を一挙に屠ることが可能であるから、北朝鮮核兵器を限定的とはいえ先制使用したという状況に至れば、大量報復攻撃を躊躇なく実行することが可能であり、かつ、それは十分に予測されるところとなる。換言すると、北朝鮮は、核使用のエスカレーションをコントロールする能力を持っていない、すなわち、「核の限定使用」を図ったとしても、相手がそれに付き合ってくれる保証はないということであり、そのような戦略には意味がないということになる。

ただし、そのような判断は、米国の持つ軍事力を対象とした場合に言えることであって、仮に韓国や日本だけを切り離して考えるなら、別の結論が導かれるところとなる。

 例えば、米韓軍事同盟の失効といった構造的な要因にせよ、両国政府の政策的対立・不調和と言った一時的要因にせよ、韓国に対する米国の拡大抑止が機能しないと目される状況が生じた場合においては、北朝鮮は、韓国から一定程度の軍事攻撃を受けた場合に、それへの報復ないし懲罰として核戦力を使用することができる。北朝鮮としては、自国の核使用に対して韓国が単独でなしうる対応をおそれる理由がないからである。これを換言すると、韓国が米国の拡大抑止を期待できない状況においては、韓国が北朝鮮に対し取り得る軍事行動は、拡大抑止を期待できる状況において取り得る行動に比較して、相当程度制約されるということを意味する。つまり、米国の韓国に対する核の傘がはずされた(と北朝鮮が認識していると韓国が認識している)状況では、北朝鮮の核戦力は、韓国の単独的軍事挑発を抑止し得るということになる。

 

4 北朝鮮核戦力の効用

 北朝鮮の核戦力の持つ抑止力に関する上述の検討を前提として、北朝鮮の核戦力が有する現実の効用がいかなるものであるのか、換言すると、北朝鮮指導部にとって、核戦力を保有する意味はいかなるものであるのかについて、視野を政治・外交的な次元にまで広めた上で整理してみたい。

(1)対韓軍事バランスの確保

まず考えられるのは、米国と切り離した意味での韓国に対する軍事面でのバランスの確保ということである。

例えば、仮に将来、韓国に超保守的な政権が発足した場合においても、北進統一を狙いとする「第二次朝鮮戦争」を勃発させるといったシナリオを抑止することができよう。

また、より現実的なシナリオとして、当初小規模・低烈度なものとしてはじまった軍事紛争が徐々にエスカレートしそうな局面においても、それが全面武力戦となって北朝鮮体制の崩壊につながるまでの可能性を抑止することができる。

これを北朝鮮の立場から述べれば、自らの体制に危険を及ぼすレベルへのエスカレーションを心配することなく、限定的な紛争の展開を行うことができるということになる。もちろん、その場合、双方の通常戦力の優劣が重要であるから、その意味での「勝算」がある範囲に限っての話ということになる。

 

(2)外交交渉「カード」としての利用

次に考えられるのは、韓国との政治外交的バランスの回復のための原動力としての利用価値である。1990年代初頭、国際的な冷戦構造の崩壊を背景に、韓国がそれまで北朝鮮の後ろ盾となってきたソ連・中国と相次いで国交を樹立する一方、北朝鮮は米日との関係正常化を果たせず、結果的に政治外交的次元で、韓国から大きく水をあけられる状況が生まれた。北朝鮮は、「核」を交渉力の源泉として、このような危機的状況からの脱却を図ろうとしていると考えることができよう。

ただし、北朝鮮が過去に「核カード」を交渉材料として、自らにとっての国際環境の改善を企図してきたことは周知の事実であるが、これに関して問題となるのは、北朝鮮がそのような交渉において、真実その「カードを切る」意思があったのか、あるいは、「切る」ふりをして掛け金だけを得ようとしたのかという点である。これについては、評価が分かれるところであろうが、私見では、これまでの歴史的経緯を客観的に見る限りにおいて、後者であったと決めつけるだけの根拠は存在しないのではないかと考える。むしろ、双方の相互不信などがあいまって、両者がいったんは合意した「取引」の履行を果たせない結果に終わったと見るのが、より妥当ではないだろうか。

 いずれにせよ、重要なことは、現在、北朝鮮が核戦力を交渉の「カード」として差し出すことを公言していることであって、そこに非核化実現(それが厳密に何を意味するかは別として)に向けた「機会の窓」が存在することは否定できないであろう。

 ちなみに、北朝鮮が「非核化」の方針を示した後にも相変わらず核戦力の充実に向けた公然・非公然の活動を続けていることをもって、「非核化」意思のないことの根拠とみなす主張もあるが、ここで述べたような交渉の「カード」という次元で考えるなら、きたるべき「非核化」実現に向けた交渉力強化のための動きととらえることも十分可能であり、そのような活動だけをもって「非核化」意思の有無を断ずるのは早計と言わざるを得ない。

 

(3)「安心感」の提供と指導部の威信の確保

第三に考えられるのは、より一般的な意味での、精神的・心理的な「安心感」の担保としての効用である。北朝鮮の核戦力の「抑止力」が軍事戦略的な次元においては、前述のとおり極めて限定的なものであるにせよ、一般的・常識的な感覚においては、核保有国に対する軍事攻撃ないし挑発的行為は、非保有国に対するそれに比して、敷居が高いものと感じられることもまた否定できない事実である。そのような常人の感覚を基準として、核戦力にある意味での「抑止力」を期待することは、間違いとは言えない。それは軍事戦略的な意味で完全な「安全」を提供できないとしても、心理的な「安心」の根拠とはなり得るものであろう。

国内的に、このような安心感の提供は、北朝鮮指導部による「誰からも脅威を受けることのない強力な自衛力を建設した」との主張を正当化する。

加えて、北朝鮮が政権発足以来、韓国との間で「正統性をめぐる競争」を続けてきたこと、そして、外交面では前述のとおり韓国に優位を占められたことなどを勘案するなら、今日、北朝鮮が韓国は持ちえない核戦力を保有し、その威力を背景に「大国」と伍する外交を展開していることは、国民の「自尊心」を大いに満足させるものであり、指導部の威信を確保する上で極めて重要な効用を果たしているといえよう。

蛇足であるが、今日、北朝鮮は、対米交渉に腐心する一方で、その呼び水的役割を果たした韓国文政権の関係改善呼びかけに対しては、非常に冷淡な対応を示している。その一つの背景として、核の持つ「対韓優位性」を梃として、かつて冷戦構造崩壊時に自らの頭越しに中ソとの国交を回復されたという屈辱に報復したいとの思いが作用していると考えるのは牽強付会であろうか。

 

5 結び

 最後に、前述のような考察を踏まえて、冒頭に提起した問題に答えたい。

まず、北朝鮮の核戦力の有する「抑止力」は、とりわけ米国を対象とした場合、決して完全なものとは言えず、極めて限定的な状況(指導部が「死なばもろとも」の心理に陥る)の出現のみを抑止するものである。また米国核戦力の拡大抑止が機能しない状況における韓国を対象として想定すれば、より広範な抑止力を期待することができる。しかし、そのような状況は、いずれにせよ一般的には想定しがたいものであり、北朝鮮指導部がそのような状況への対応を理由として核戦力に執着していると見るのは、説得力を欠く議論と言わざるを得ない。

他方、政治・外交的次元においては、北朝鮮の核戦力は、体制の維持保全に直結する重要な効用を果たしている。それらを集約すれば、軍事面はもとより政治外交的なあるいは体制の正統性競争という次元を含めた、韓国とのバランスの維持と言うことができよう。

以上の考察に即して北朝鮮の「非核化」意思ないし「非核化」実現の可能性について推論するならば、北朝鮮指導部にとって、核戦力の有する抑止力は極めて限定的なものであり、その喪失ということが「非核化」受け入れの決定的障害となっているとは考えがたい。核戦力の効用がむしろ政治・外交次元において発揮されているとすれば、それは、政治・外交的な利得、とりわけ前述のような意味での韓国とのバランス回復の面での相当の補償を得ることによって放棄可能と考えるべきであろう。結論的に言えば、本稿冒頭において紹介した「懐疑論」は必ずしも妥当なものとは言えず、北朝鮮の「非核化」の実現は米国、韓国をはじめとする国際社会の対応によっては可能である、ということになる。

しかし、最後に敢えて付言したいことは、北朝鮮がその核戦力の保有によって実際に享有している効用は、以上に縷々述べた通り実際には限定的なものであり、それを放棄させるためにどれだけのコストを支払うべきかについては、慎重に検討すべき事柄であるということである。いたずらに北朝鮮の「核の脅威」を過大視して、その削減のために過剰なコストを支払うことになれば、それは結局のところ、北朝鮮の術策に陥ることに他ならないと考えるからである。

                                   以 上