rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

10月23日付け社説「自力富強、自力繁栄の一路に沿って力強く進んでいこう」(10月24日記)

 

 北朝鮮は、このところ「自力更生」を国家運営の基本方針と位置付けているようにみえる。しかし、そこで用いられる「自力更生」の概念には、これまで本ブログでも断片的に紹介してきたように、日本語のそれを超えた多様な含意があると考えられる。この社説は、そのような「自力更生」についての北朝鮮指導部の考え方を敷衍するものであり、紹介したい。

 まず、「自力更生」が必要とされる背景については、「今、敵対勢力は前代未聞の圧迫の鉄鎖によって我々を窒息させようと悪辣に策動しており、我々の前に提起された膨大な闘争課題は、いつよりも自強力を万般に強化し発揚させることを要求している」と厳しい現状認識を示している。とりわけ、それに続く「誰も我々を助けてくれることはできず、我々がうまくやっていくことを望まない。今日、他人の助けを期待することより愚かなことはない」との表現が注目される。日本などでは、北朝鮮制裁は中国、ロシアなどによって骨抜きにされているとの見方が強い(それは客観的な現実なのであろう)が、北朝鮮指導部にとっての心象風景は、それとは異なるものとも考えられる。

 その上で、「自力更生」を実現するための具体的な方法論について論じている。そのうち注目されるのは、次のようなものである。

 第一は、「集団主義の威力」である。そこでは、その本来的な意味である相互協力・相互扶助の精神だけではなく、「家事よりも国事をより重視」することが掲げられている。要するに「集団主義」というのは、「利己主義」の反対概念として強調されているのであろう。その背景には、自分(我が家、我が単位)さえ良ければ他人はどうなろうと知ったことではない、といった風潮がうかがわれる。

 第二は、「科学技術を自力更生の宝剣」として振興・活用していくことである。そのため重視されるのが科学者・技術者であり、「科学技術人材は我々の主たる戦略的資産」とまで言っている。

 第三は、「内部予備と生産潜在力を総動員」することである。この前提として、「すべての単位において死蔵されている設備と遊休資材」が相当量存在するとの認識が示されている。また、廃棄物の活用や資材の節約なども求められている。すなわち、ここで「自力更生」と言うのは、外国依存を戒める概念としてではなく、各企業などの単位に対して、与えられた課題達成に必要な原材料・設備などの供給を国家・上部機関等に依存・期待することなく「自力」で調達することを求める概念として用いられている。

 ちなみに、このような考え方は、北朝鮮が、後方・兵站部門からの供給に依存して行動するのを原則とする正規軍とは対照的に、必要物資をすべて自力で調達しつつ行動を続けることを特徴とするゲリラ部隊(抗日遊撃部隊)の伝統継承を国家の基本と位置付けていることに淵源すると言えよう。

 第四は、幹部が「自力更生大進軍の旗手」となって率先垂範することである。そのため、「好調な時期が来ることだけを待ち、束手無策で座視するいい加減な仕事ぶり」「輸入しなければ何もできないという誤った思考観念」「困難を不振の防壁(言い訳の意味か)として責任を回避する保身主義」「小さな成果をもって自画自賛しつつ評価のみを望む功名主義的事業態度」などに「終止符を打つ」ことが求められている。「終止符を打つ」という表現は、何かが存在することを前提としたものであるから、ここで列挙された問題現象は、まさに北朝鮮幹部の仕事ぶりを物語っているということであろう。

 北朝鮮は、上述のような国内の様々な問題状況を打開する鍵として、先年来「自力更生」という概念を掲げ、住民をそれに総動員することを目指しつつ、複合的な取り組みを全力で進めているのである。そして、そのような取り組みは、「制裁」による苦境の克服が契機になっているとは言え、それに止まるものでではなく、より広範かつ深奥な体質転換を目指したものと見るべきであろう。最近の金正恩白頭山登頂も、金剛山での指導も、そのような取り組みを加速しようとの一念によるものと考えられる。