rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

7月13日 「クァイル郡で初物モモ収穫、首都市民に供給」

 

 標記は、「クァイル郡で収穫した初物モモを乗せたクァイル(果物の意味)輸送隊が12日、平壌に到着した」ことを伝える朝鮮中央通信の記事を掲載したものである。なお、クァイル郡は、その名の示すとおり果物生産に特化した地域である。

 記事によると、「平壌市内の党、政権機関幹部らと商業奉仕単位では、初物モモが該当単位とすべての世帯に至急届くようにするための輸送・奉仕組織事業を計画し」、モモは児童養護施設、養老院及び商業奉仕単位などに送られ、「住民たちに供給された」たとされる。

 特段の意味もないこの記事をあえて紹介したのは、繰り返し報道される「平壌市内食糧配給途絶」説と対照するためである。食糧配給が長期間途絶している中で、「初物モモ」の供給に党・政権機関などが、記事に書かれているような取組みを行い、それを党機関紙が広く報道するであろうか。

 「北朝鮮食糧危機」説の虚妄は、本日付けの「朝鮮日報」の記事(日本語電子版掲載)からもうかがえる。同記事は、「北朝鮮では今年4月から平壌市民に3カ月間、配給が行われておらず、一部の大都市でも餓死者が出るなど、最悪の経済状況に直面しているという」ことを前提に、同紙が入手したとする「朝鮮社会主義女性同盟が今年4-6月期、女性同盟員たちに講演した内容を要約した『講演諸講』」の内容を紹介するものである(「諸講」は、「提講」又は「制講」と訳すのが普通)。

 同記事は、この資料が食糧節約を求めるものであることを根拠として、「対北朝鮮制裁や新型コロナウイルス問題の長期化により経済難に陥っている北朝鮮が、家庭内の食事まで強制しなければならないほど深刻な食糧難に苦しんでいるとの見方が出ている」と報じた上で、同資料が主張する内容として、次のような点を紹介している(番号は引用者)。

①「女性同盟員たちは食料節約闘争を力強く繰り広げなければならない」

②「女性同盟員たちは自宅での冠婚葬祭を社会主義生活様式に合わせず騒がしく行ったり、さまざまな名目でやたらに集まって飲み食いしたりして、食料を無駄にする現象を徹底的になくさなければならない」

③「米粒の飯ばかり炊いて食べるのではなく、麺(めん)やパン、チヂミなどを食べ、野菜や山菜などを用いて多様な料理を作り、食料を節約しなければならない」

④「食料で密造酒・密売行為をはじめとする非社会主義的な行為をする現象とは強い闘争をしなければならない」

 同記事が紹介する資料は、真正のものであろうが、ここに紹介された内容は、むしろ、北朝鮮の食糧事情が、潤沢ではないものの、さほど「深刻な」ものでもないことを物語っていると考えられる。すなわち、②は、「やたらに集まって飲み食いしたり、食料を無駄にする」ことができるほど食料が行き渡っていることを反証するものであろう。また、④の「密造酒」製造も同様で、それに回すだけの食糧が存在することを示すものといえる。

 極論すると、日本でも「食物ロス・フリー」を訴える運動が活発だが、それが食糧不足を意味するものでもない。韓国でもかつて外食店では白米を出してはいけない曜日を設定したり、「粉食」を奨励したりなどの動きがあったが、それが「食糧危機」を意味したわけではなかった。

 最初から「食糧危機」の結論ありきで、すべての現象をそこに結びつけるのは、典型的な「確証バイアス」の誤謬である。「朝鮮日報」はいうまでもなく保守系の伝統を誇る言論機関であり、政策論などでは、正論の主張も少なくないと思われるだけに、北朝鮮に関しての前述のような報道姿勢は「残念」と言わざるを得ない。折角入手した内部資料を虚心坦懐に読めば、前述のような論理構成で、「食糧危機と言われているが、実は、そうでもないのでは」といった結論を導き出すことも可能であったはずである。誰かの「見方」に安直によりかかるのではなく、自分の頭でしっかり考えて、少しでも真実に迫る記事を書くのがジャーナリストの本懐ではないのだろうか。