rodongshinmunwatchingのブログ

主に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて北朝鮮の現状分析を試みています

10月29日 金正恩は「首領」?

 

 一昨日(10月27日)の本ブログ記事中、標記の問題を提起しただけで、中身の議論は割愛してしまった。今日は、この点に関する所見の一端を披瀝したい。

 まず、首領とその後継者との関係について述べたい。これは、北朝鮮の文献等に具体的に書いてあることではなく、あくまでも私なりの解釈であるが、それについては、二つの考え方が存在するように思われる。

 第一は、首領というのは、体制を導く主義・思想・基本路線などを創始した人物にのみ許される呼称である一方、その後継者は、あくまでも首領が創始した遺産を継承・実践する役割を担う者であって、両者を同列に論じることははできない、という考え方である。宗派に例えれば、首領は教祖であり、後継者は教祖没後の教団の最高指導者と言うことができるかもしれない。

 第二は、首領の後継者というのは、首領亡き後、その地位を踏襲する者であって、先代の首領の遺産を継承しつつ、自らも首領としての役割を果たして行くべき責務を負っているとの考え方である。国王の後継者は国王になるという考え方と考えれば分かりやすいかもしれない。

 それでは、北朝鮮において歴史的に首領についての考え方はどうであったのかというと、金日成存命中は、第一であるのか第二であるのか必ずしも明確にされていなかったように感じられる。私個人は、第二のように受け取っており、当時の北朝鮮の文献の表現にはそのように関される余地も確かにあったと思うが、当時から第一のように解釈していた人もいたようである。

 それが金正日時代に入ると、第一の解釈が公式のものとされた。金日成だけが首領と呼ばれるにふさわしいとされ、首領の地位を国家機関の中で体現したとされる「国家主席」という役職は、いわば永久欠番のごとく扱われた(それで金正日は、死ぬまで、国家機関の上では、国防委員長という役職に就いて統治にあたった)。

 こうした考え方が採用された理由については、本来、第二の考え方が前提であったが、金正日指導力ないし権威不足で「首領」と称することができず、そうするしかなかったとの見方があるが、私は、むしろ、金正日自身の意向を反映した結果である可能性の方が大きと考えている。金正日が自らの銅像を建てることを厳しく戒め、それは単なる個人的な謙遜とかの次元の問題ではなく、思想の根本にかかわる次元の問題であると述べたとされるのも、彼のそのような首領観に基づくものと考えられる。いずれにせよこの時期、少なくとも対外的に示される文献等では、(明示的ではないにせよ)そのような首領観と整合する形で様々な表現がなされていた。

 ところが、金正恩時代に入って、これも明示的には述べられたわけではないが、実質的には、第二の考え方に転換したと思われる。その最も可視的な例が金日成銅像に並列する形での金正日銅像の建立である。より直接的には、両人を指して「首領たち」という表現が用いられるようになった。現在、金日成を指す場合には「首領さま」との表現が用いられる一方、金正日に対して同様の表現は用いられていないが(一般的には「将軍さま」)、これは両人に対するいわば固有名詞的な用法として使い分けられているだけであって、イデオロギー的な意味で金正日が首領としての役割を果たしていたことを否定する趣旨ではないと考えるべきであろう。

 27日の記事で「金正日は首領」と書いたのは、以上のような経緯を踏まえ、北朝鮮の現在の「首領」の用法上は、そのように言えると考えたためである。

 そして重要なことは、第二の考え方を演繹するなら、金正恩も当然、首領になるということである。現在のところ、少なくとも対外的には、彼は「首領」と呼ばれることはなく、主な呼称としては「最高領導者」が多用されているようだが、実際の権能としては、首領としての機能を発揮し得るものと解されており、彼自身、そのような考え方に基づいて統治にあたっているのではないだろうか。先日の「先任者」批判の背景には、あるいはそのような発想があるとも考えられる。

 客観的に考えても、実際に政治をおこなっていく上で有用なのは第二の考え方であろう。宗教界においてさえ、第一の考え方を文字どおり実践するとなると、いわゆる「原理主義」に陥ってしまうおそれがある。旧来からの精神は生かしつつ、それを時代・環境の要請に即して臨機応変に発展させていくことこそ、真の伝統継承であるというのは、世上よくいわれるところである。金正日も、表面上は、第一の考え方を採りつつ、実際のところは、そのような形で政策を運営していたとも言える。金正恩の場合は、その名と実を一致させようとしていると考えるべきなのかもしれない。

 なお、そもそも「首領」とは何ぞや、という方は、下記の本を参考にしていただきたい。北朝鮮の「首領制」を理解する上での必読書である。

 

北朝鮮首領制の形成と変容 -金日成、金正日から金正恩へ-

北朝鮮首領制の形成と変容 -金日成、金正日から金正恩へ-